呼吸、呼吸法と身体・意識

体と心の話

当塾の整体(個人指導)では、体の変化の目安として呼吸の変化を見ます。

体がうまくゆるんでくると、呼吸が深く、ゆったりとした余裕のあるものになってきます。

心身が緊張してしまっている人は、短く浅い呼吸を小刻みに繰り返していますし、体や心の力が抜けてしまっている人は、力なく弱い呼吸になってしまっています。

 

しかしこれは、単に呼吸の速度とか、肺活量などといった数字で表されるようなものではありません。

言葉で表現するのはとても難しいのですが、とにかく直接人の体に触れて呼吸を感じていると、それらの変化を感じることができます。

 

 

ところで、この呼吸の「深さ」や「強さ」というものを、呼吸法によって養うことは、実はとても難しいことなのです。

私自身も色々な呼吸法を経験してきましたし、様々な呼吸法が上手な人の体を見てもきました。

しかし、そういった意識的な呼吸を日常的に行うことが癖になってしまうと、自然なありのままの呼吸というものが出来なくなってしまうことが多いんです。

だから整体をしていても、呼吸が変化しづらいんです。

受けている途中でも、普通ではない呼吸をしてしまっているからです。

 

普通ではない呼吸をしているということは、常に体や意識に力が入っているということです。

だから体も心もゆるんでいないのです。

 

本人はゆっくりと呼吸をしているつもりだし、リラックスもできているつもりなんです。

実際そういう人は息が長いのだけれど、息を長くしたからといって、本当の体や心のゆるみとは直接的には関係ありません。

それは所詮、意識的に作られた長い息だからです。

逆に、呼吸が少し短めでも、全く意識しないで自然に呼吸をしている人のほうが、変化しやすいです。

 

 

呼吸というのは、無意識にしているものだけれど、意識的に操れるものでもあります。

だから「意識と無意識の両方にアプローチできるものだ」と言われているし、「意識の側から無意識の領域を変えていける方法だ」などとも言われています。

具体的にいうと、意識的に呼吸をゆっくりすれば、無意識の緊張をも解きほぐし、リラックスすることができる、とか。場合によっては、無意識の中にある恐怖感や不安さえも、呼吸法で取り除くことができる、とか…

 

だけど多くの事例を見て来た結果、どうやらこれはちょっと違うようなんです。

 

おそらく、意識的に操れる割合というのは数%程度のものでしょう。

だから、無意識の領域にまで達する呼吸法というのは、余程特別な訓練を重ねたか、天賦の才能を持つ人でない限り難しいのではないでしょうか。

 

私自身もそこに達した経験がないので、そういう人が本当にいるのかどうかすら分かりません。

出来ているつもりの人は幾度もお見かけしましたが、それが本物かどうかを見破るのは簡単です。

 

 

ともかく、そういう呼吸法をしていることで、自然ではない呼吸が癖になってしまっている人は多くいます。

癖を変えていくのは本当に難しいものですが、それがその人の生命活動に、そして「無意識」に直接関わっている呼吸の癖となると、実はこれがかなり大きな障害になっているんです。

むしろ、呼吸など全く意識していない人ほど、余計な癖がありませんから、抵抗が起こらず、誘導しやすい面があります。

呼吸をしていることなど忘れている人の方がよほど楽です。

 

 

そういうわけで、当塾では呼吸法の指導をほとんどしていないのです。

まれに呼吸についてのアドバイスや訓練法をすることもありますが、それは呼吸による体の動きを利用するものとか、みぞおち等、身体をゆるめることによって自然な息ができる体づくりを目的としたものに限られています。

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