野口整体と、心身の整え方、鍛え方

seitaisem

私はかつて、俗に「野口整体」と呼ばれている整体法に強い関心を抱き、ある先生の元を訪ねました。

そこで習ったことが礎としてあり、その上に自分自身の経験が積み重なって今に至ります。

 

とは言っても、私が師事した先生は野口整体一本、というわけではなく(もちろん整体も相当極めておられましたが)、様々な民間療法や思想など、幅広く手がけていた方でした。

それでも、やはりそれらの根底には、共通する主旨があったと感じています。

それは、自分自身の体・心の持つ力を活かし、それを主体として生きること、だったと思っています。

何か物に頼ってばかりいるのではなく、あくまでも自分自身を高めること。

 

野口整体の考え方に惹かれた部分も、その点です。

私は野口整体そのものを継承する者ではありませんが、この考え方は今でも変わらず根底にあります。

 

 

当塾には、「野口整体」に関心を持って訪ねてこられる方も比較的多いです。

県外から来られる方や、県外から福井県に引越してきて、福井で野口整体の影響を受けた人を探していました…なんていう方もおられます。

他の野口整体系の先生に世話になっていた、という方も。

 

ただ、中には残念な話も時々聞きます。

野口整体系の所に通っていたといいながら、考え方が真逆なことを教わっていたり、矛盾するような指導をされていたり、ということも。

 

先日は、県外の「野口整体の指導者」と名乗る方に長年観てもらっていた、という方のお話を聞く機会がありました。

(直系の「整体協会」の方でないことは間違いないと思います、念のため)

 

その指導者の方は、食べ物、着るもの、日用品の品質、部屋の間取り、色・・・などに至るまで、細かく厳しく指導するというのです。

そしてその指導通りでない服装や持ち物などを見つけると、厳しく怒られるのだとか。

 

私などは、これでは自主性が全く育たないのではないかと思うのです。

たとえ経験のある指導者によるものだとしても、誰かが判断した「正しい」とされるものの言いなりにさせるのでは、自分自身の感覚が磨かれません。

 

仮にそれが本当に「正しい」ものであったとしても、正しいものばかりでは、それはある意味温室育ちと同じなのです。

多少の間違い、多少の毒があってこそ、体や心は丈夫になる、そういうものなのではないかと、私は解釈しています。

 

 

ちなみにその方は、今でも「自分は間違っていないか」ということが不安で仕方ないのだというのです。

 

「◯◯を食べるのは間違っていますか?」

「□□するのは体にいいのですか?」

 

こういう質問をよくされるのですが、答えをだれかに聞かないと不安なようなのです。

 

 

しかし、そういうことは本来、体が求めるもの、あるいは拒否するものです。

 

そしていちいちそういうものに怯えず、自身の体や心の声を信頼して伸び伸びと生きる、それが真の健康というものではないか、と思うのです。

 

 

繰り返しますが、当塾は「野口整体」を継承している指導所ではありません。

しかし、私が野口整体から教わり、そして今も指導の基本理念としているのは、そういうことです。

 

 

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