生まれ持った性格(体癖)

現在の自分の性格や人間性、価値観というものは、『生まれつき持っているもの』と、『後天的に作られたもの』の両方によって成り立っています。

『後天的』というのは、育って行く段階で身に付いてきたものです。
そのほとんどは、幼い頃に身に付いたものが大半を占めています。
そして、表現は悪いかもしれませんが、親に植え付けられたもの、といっていいでしょう。

我が子を育てていくに当たって、親ならば誰でも「こんな子に育って欲しい」という思いがあるでしょう。

たとえ「この子らしく育ってくれれば、それでいい」と思っているつもりの親であっても、結局は自分の価値観でしか子育てはできないわけですから、そこには親の影響が色濃く出てくることは間違いありません。

しかも実際は、その後天的に身に付いたもののほうが、影響力は大きいのです。
ほとんどの場合、生まれ持った個性の上に、後天的な親の影響が『コーティング』されているような状態だからです。

生まれ持った個性と、後天的なものがピッタリ合っている場合は、非常にうまくいきます。
伸び伸びと、まさにその人らしく育っていくことでしょう。

もちろん、実際にはこんな理屈通りスムーズにいくようなものではありませんが、おおむね合っている場合は、比較的生きやすい、個性を発揮しやすい人生を送ることになるのでしょう。
しかし実際は、生まれ持った個性とは別の個性をコーティングされることになるわけです。
でもそれは所詮、コーティングです。
後々剥がれ落ちてもくるし、天然の個性とは違い、いろんな問題が起きてくるものです。

 

わかりやすく、花の色にたとえてみましょう。

青い薔薇があったとします。
天然もので、元々が青い薔薇です。
(実際、天然の青い薔薇はないそうですが…あくまでも喩え話です。)
ところが「青い薔薇なんておかしい!薔薇は赤に決まっている!」という考えのもと、赤い塗料を塗ることにしました。

しかし下地が青であるせいで、なかなか奇麗な赤には染まりません。
どうしても青が透けて、紫がかった赤になってしまいます。

その結果、赤い薔薇としても良い物にはならず、元々もっている青い薔薇としても濁ったものになってしまいます。
結局、「何をやってもダメな薔薇だな、こいつは」という判断が下されてしまいます。

一方、隣にあった白い薔薇はまだ赤に染まりやすく、「まぁまぁだな、こいつは」となります。

さらに、元々赤い薔薇なら言うことなし、「やっぱりこいつが一番正しい」と判断されます。

・・・このようなことが、家族の中で行われているわけです。
ちなみに、赤い薔薇、白い薔薇、青い薔薇というのは、同じ家に生まれた兄弟姉妹のたとえです。

上の子は言わなくてもいい子に育っているけど、真ん中の子は厳しく言えばまぁ分かる子、下の子は何を言っても分からない・・・などという違いは、こうして生じているわけです。

つまり、生まれ持った個性の違いです。

 

近年、「本当の自分を探す」「自分らしく生きる」ということがよく言われていますが、本当の、天然の自分を探すということは容易ではありません。

過去の自分を色々思い起こしたって、それは意識で覚えている範囲での自分です。

本当の自分はコーティングの下、つまり潜在意識の中に埋もれてしまっていることがほとんどなんです。
なぜなら後天的な性格の基盤は、意識が芽生えるまで(物心がつくまで)の間に作られてしまっているからです。

大きくなってから、「自分って何だろう」とか、「人とうまくやっていけない」とか、「自分のやりたいことが見つからない」「自分の価値が分からない」などと悩む人は、要するにそのコーティングが剥がれてきている人です。

幼い頃に植え付けられた価値観に、疑問を感じ始めたから悩むわけでしょう?
あるいは、その価値観ではうまく生きていけない自分に気づいたから悩むわけでしょう?

つまり本当の自分というのは、そのコーティングのひび割れの奥にこそ、見えてくるものです。

ところが、「本当の自分探し」と称して、再び同じコーティングを上塗りしたり、新しいコーティングをしてしまっている人もいます。

とりあえず『ひび割れ』が治まるものだから、もの凄く心が楽にもなるでしょう。
だけどそれは、その場限りの麻酔薬のようなものです。

いや、麻薬のようなものと言っていいでしょう。

麻薬はその場限りでは済みません。
ずっとずっと、依存が続いてしまいます。

自己啓発や宗教などから抜け出せないでいる人の多さが、そのことを示しています。

本当の自分というものは、染めても染めても、透けて見えてきてしまうものの中にこそあります。

他の人と同じようにやっているつもりだけど、何故か自分だけ違う。
他と同じように赤く染めているようだけど、何故か自分のだけ違う色合いになってしまう・・・。

その違う色合いこそが、「本当の自分」の影響によるものなんです。

そしてその本当の自分の色を正しく知ることが、コーティングを施されて息苦しい人生ではなく(ちなみにそういう人はよく呼吸器を壊し、喘息を起こしますが・・・)、本当に自分らしく生きるための、第一歩だと思うんです。

それで、その『生まれつきの自分』を解き明かしたものが、整体法でいうところの『体癖』なんです。

これ以上に具体的に、そして客観的に、人の生まれ持った個性というものを分析した理論を私は見たことがありません。
世の中には前世に遡るとか、胎児期の記憶を呼び起こすとかいうものもあるようですが、記憶とかイメージとか感覚とか、ましてや前世の話となると、『形』もなく目に見えないせいで、どうしても証拠に欠けると思うの面があるのです。

しかも感覚やイメージというのは、思い込みだけでいくらでも作ることができてしまいます。

ところが、人の体には、形としてそれが現れているのです。

しかもその『形』は、意識して作ろうとしてもできるものではありません。

体型や顔つき、姿勢、声、そして行動パターン・・・・そのように目に見えるけど意識していない自分の姿、そこには、生まれ持った『癖=(個性)』がくっきりと刻まれています。
「本当の自分は何者なのか?」「どういう個性やどういう感受性を持っているのか?」

それがわからなくて悩んでいる、という方には・・・実際はほとんどの人が分かっていないと思うんですが・・・この『体癖』というのはとても大きなヒントになると思います。

 

しかし、これは元々、少々難しい理論であることは否めません。
なので当塾では、当塾独自の解釈を通して、誰にでも分かりやすいように解説したテキスト・音声解説(CD)を用意していますので、関心のある方は是非ご活用ください。

また、講座の模様を収録したDVDもあります。