健康と外の環境

先日、神戸のほうまで出かけてまいりました。

帰りはちょっとだけですが京都に立ち寄って夕食。

神戸のほうで、ある重要な用事のために出かけたのですが、その用事自体は1時間程度のもので、あとは移動と散策。

 

普段空気がきれいで静かな田舎町で過ごしている私にとって、時々このような都会へ出向くことは色々な面で刺激になるんですが、今回、改めて思ったことが一つ。

やはり都会の空気は、汚れているということ・・・。

日本海側の福井も、大陸から飛んでくる有害物質などが問題にはなっていますが、やはり都会の空気の汚れのほうが改めてひどいことを感じます。

一日外を歩いているだけで、髪も肌も汚れていき、衣服に匂いがつくことも感じます。

鼻水も黒く濁りますし。

そういえば以前、東京で暮らしだしたら鼻毛がよく伸びるようになった・・・なんていう話を聞いた事がありますが、あながち冗談でもないのでしょう。

 

ただ大事な点は・・・ そんな都会に暮らしている人が皆、田舎の人よりも不健康なのかというと、そうでもないということです。

空気の汚れた都会で暮らしていても、皆それで病気になっているわけではありません。

そんな空気の中でも、老若男女、普通に元気で生きている人もいます。

限られた視点でしかないかもしれませんが、都道府県別の平均寿命ランキングを見てみれば、決して「都会だから」「田舎だから」というような様子は見えてきません。

 

また、都会に住む人が当塾まで来られる事も度々ありますが、そのお体を見て、やはり都会人は公害で体がやられてるなぁ・・・と感じたこともほとんどないのです。

現代人特有の様々な問題はありますが、これは単に、人口比率の問題などで都会に多かったり、都市部で始まることが多いせいでしょう。

 

ところで、都会のほうは、やはり水もマズいです。

福井でも水道水はやはりカルキ臭いですが、それでも比べると随分マシです。

 

以前、関東の都市部で、かなり信頼できる浄水器を通した水と、福井から持っていった水道水(浄水器を通してない)を比べてみたことがあります。

結果、浄水器経由の関東の水のほうがいろいろな臭いがしていたんですが、そんな水を毎日使っていても、やはり都会の人が特別に体が悪いわけではありません。

 

水や空気が悪いと、感性が鈍くなる、ということを言う人もいます。

確かに、あの汚れた空気や水に慣れてしまっているということは、ある意味で鈍くなっているからでしょう。

だけど、じゃぁ、マズい水を使っている都会の人の味覚がおかしいかというと、そういうわけでもありません。

都会にも美味しいものを作る人、繊細な味覚を持った人も多いです。

 

さまざまな身体の感覚という意味でも、決して都会の人が劣っているようなことは感じません。

いやむしろ、刺激の少ない田舎の人のほうが、古い慣習・なれ合いの中で鈍くなっていることを感じる場合もあります。  

 

・・・それでももちろん、空気も水もきれいな所で生きていることに超した事はないでしょう。

でも改めて、冷静に「健康」ということを考えてみると、そこで一番大事になることは外の問題ではなく、やはり私達自身の内側の問題を、もっともっと認識していくべきだと私は思うのです。

 

「問題」というよりは、そのような悪い環境の中でも、きちんと生きていける内側の「力」があるということ、それを活かし、伸ばし、感謝し、そして邪魔しない、退化させないということです。

 

はっきり言って、あまりにも自分自身の内側のことを顧みずに、外側のことばかりを言う人が多いのです。

そのままでは、いつまでも健康で丈夫な体・心というのは養われないと、強く感じています。

逆に内側にしっかり意識を向ければ、ある程度の外の問題には、カリカリと神経質になることもなくなってくる傾向があります。

それと「鈍くなる」ということとは、まるで違う意味だと思います。