満足と感謝

昨日は今年最初の体操教室でした。
今週金曜日の夜にもあります。

今月は「心身の緊張を抜くヨガ」というテーマで進めています。
いつも肩に力が入っている人に、「まぁまぁ、肩の力を抜いて下さいよ」と言っても、なかなか抜けないことは多いものです。
場合によっては、余計に力が入ってしまいます。
だからそういう時には、逆に、一度さらに力を入れてみるんです。
思い切り肩に力を入れて、肩を上げてみる。

そうすると、こんどはそれが苦しくなってきて、「ゆるめたい」という欲求が起こってきます。
そうしたら、一気にゆるめると力が抜けます。

コツとしては、「ゆるめたい」という欲求が起こってきても、すぐにはゆるめずにほんの少しだけじらすこと。

このタイミングは少々難しいので、慣れないうちはあまり細かく意識しすぎないほうがいいですが、ともかくゆるめるためには、ゆるめたいという『欲求』を体に起こさせることが大事なわけです。

このことは、何においても言えることだと思うんです。

「眠たい」という欲求がなければ、いい眠りも得られません。
一日8時間の睡眠が必要だとか何とか、いくら理屈を言ったところで、体が欲しがっていなければ、8時間寝たって整わないのです。

時には10時間程の睡眠を体が欲しがっているときもあるし、4時間で充分なときもあるでしょう。

なかなか眠れなくて困っている人は、とことん眠くなるまで床に就かず、動いていたほうがいいのです。
栄養だって、お腹が空いていないと、そして食べたいという欲求がないと吸収しません。
しかも、食べることでその欲求が「満たされた」という感覚があってこそ、栄養は吸収されるわけです。

だから錠剤や点滴などで栄養を補給しても、本当に豊かな体は出来上がりません。

欲求が満たされれば、心も豊かになっていきます。
満たされれば、感謝の心は自然と沸いてくるものです。

美味しい料理を食べて満足すれば、自然にその料理を作ってくれた人に感謝したくなります。

訪ねたお店で心のこもったサービスを受けて満足すれば、その店員さんに自然に感謝の心が沸きます。

素晴らしい音楽を聴いて心が満たされれば、演奏家に「ありがとう」と言いたくなります。

欲求にそぐわないものをむりやりあてがわれ、「感謝しなさい」と教育されたって、せいぜい「感謝したふり」が身に付くばかりで、社交辞令の感謝の言葉が上手になる程度でしょう。

幼いうちから、本当の自分自身の欲求が満たされたという経験が少ない人は、感謝の心も、生きる喜びも、願いを叶えることへの希望も持つことが上手ではありません。

こういうものは本来、体験を通して、体感を通して教えられるべき、育てられるべきものだと思います。

しかもできるだけ幼いうちに、赤ちゃんのうちに、その体験をたくさんさせることだと思います。