空想の力

体と心の話

当塾では心理的な面による身体への影響についても時々言及していますが、この「心理面」というのは、大きく分けて二つの種類があります。

そしてそれらの影響の体への表れ方や場所が異なってくるのです。

 

一つは、「感情」です。

怒る、悲しむ、喜ぶ、という心の動き。

「喜怒哀楽」ですね。これは咄嗟に湧いてくるもので、ある程度本能的というか、一部の動物にもあるものです。

 

もう一つは「思考」です。

頭の中でじっくり考える事だったり、思いを巡らすこと。

「空想」も思考と同じものとして分類できます。

たとえば、「人の目を気にする」というのは思考であり、空想に分類できます。

「人に見られても恥ずかしくないようにしなければならない」と勝手に自分が考えているだけなのです。

 

そもそも、「恥ずかしい」という基準は何なのでしょう?

何が恥ずかしくて、どこまでが恥ずかしくないのか、そんな基準は本当は存在しないのに、勝手に頭の中で考えて作ってしまっているのです。

そういう作業を「思考」というのです。

そしてその思考は空想でできています。

本当は周りの人がが自分を見ているかどうかすらわからない。

なのに「見られたら恥ずかしい」なんていうことを勝手に心配しているのです。

 

現実かどうかもわからない、実際には目の前で何も起こっていないのに、心配ばかりしている・・・これはとてもおかしな話です。

こういう空想ばかりしている人は、いつもみぞおちを固くして、首を硬直させています。

そうするとやがて首を痛めたり、頭痛がしてきたり、動悸がおかしくなったりという症状が体に出てきます。

そういう人は、一度頭の中をリセットして、その空想の暴走をストップさせないといけません。

 

でも実は、その頭痛などの症状自体が、体からのサインなのです。

体がもう「その暴走している空想をやめてくれ」と訴えて、頭がこれ以上働かないように、頭痛を起こしているのです。

 

空想の暴走というのは、現実以上に強い力を持っています。

起こってもいない悲劇が起こっているように、勘違いをさせることもできます。

「悲劇など起こっていない」という具体的な証拠を見せて説得しても、それが目にも耳にも入らないように感覚が麻痺してしまうのです。

おまけに、その証拠を突きつけて説得する相手が、悲劇を起こす「敵の一味」にまで見えてくる。

よくカルト宗教や過激派思想に洗脳された人にみられる現象ですね。

世界は汚れていて、自分たちがその救世主なんだと。

そうすると、脱会を迫る親族たちが悪魔の手先に見えてくる。

自分たちは悪魔に責められる被害者だと思うようになる。

そのうち、家族の顔を見るだけで頭痛や吐き気がしてくる、という症状まで起こすようになるわけですが、これも思考・空想が悪い方に暴走しすぎた結果起こる現象です。

 

空想の力は、病気まで引き起こしてしまうのです。

 

しかしこれらは、決してカルト宗教などの特殊な世界にのみ見られる現象ではありません。

最近は特にネット上に様々な空想をかきたてる情報が出回っていますから、そういうものの影響もあって、ありもしない空想に身を縮ませて、空想上の被害を受け、心身の調和を乱してしまっている人も本当に多いと思います。

ありもしない悲劇に身を縮ませている人も多いと思います。

 

しかし逆に、空想の力は建設的に用いることもできます。

それを具体的に使えるようにしているのが当塾の「願望実現法」シリーズですが、それ以前に、まず悪い空想をやめること、悪いもの探しをやめること・・・

これだけでも、実は自分の足下に、いっぱいいいものが転がっていることに気づくはずです。

そして自分の体や心の中に、想像を絶するほどの力が備わっていることにも気づくことでしょう。

 

実は私達は普段、空想力の誤った使い方で、自分の首をしめ、自分の世界を狭い枠の中に閉じ込めてしまっているのではないでしょうか?

 

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