腰抜け

体の部位の名称を用いた言葉が日本語にはとてもたくさんあります。

『腹が立つ』とか『肩肘を張る』とか『尻が重い』とか。

これらの言葉の意味と、それぞれの部位にはかなり密接な関係があって、腹が立てば本当に腹の筋肉が固く、立ったように盛り上がります。 肩肘を張っている人は本当に肩と肘に力が入っていて、外側に張り出したようになっています。

行動力がない人は尻(骨盤)が下がっていて重いです。

 

からだ言葉といえば、「腰」にまつわるものも多いです。

やはり腰は体の中心だからなのでしょう、それは身体そのものの動きというよりも、内面的なものを表現する場合に使われることが多いです。

その中に、『腰抜け』という言葉があります。

意気地なしの人、恐がりな人、臆病な人などを指す言葉として用いられますが、実際、本当にそういう人は、腰の力が抜けてしまっています。

ただ、パッと見た感じだけでは、それが分からないことも多いです。

人の体を見慣れた専門家の人ならば、姿勢や動き方を見て判断できるものですが、そうでなければなかなか判断できません。

なぜなら、ほとんどの人が、いろんな形でその腰抜け具合を隠しているからです。

 

この「腰の力」というのは、いわゆる筋力とはちょっと違うものです。 腹筋背筋やランニングなどで腰の筋肉をつけている人でも、腰の抜けている人はいます。

やはりそれは、腰の表面の筋肉であって、「芯」の力とはまた別物だからでしょう。

だけど腰周りに筋肉がついている人は、一見丈夫そうに見えますから、そういう面でも腰の力の有無というのはとても分かりにくいんです。

 

それ以外に腰の弱さを隠すものとして多いのが、『理論』です。

理屈のとてもうまい人というのは、一見すると堅実で、しっかりした人に見えます。

先を見据える力があり、冷静な分析力を持っている、心身ともに安定した落ち着いた人に見えることがあります。

だけどそれは、腰の弱さ、意気地のなさの裏返しであることも多いんです。

不安であるが故に、理論的に考える。 自分を守るために理論でガードしている、そういう人も多いようです。

 

たとえば、何か新しいチャレンジをする時というのは、誰でも不安が伴うものです。

不安であるがために、事前に色々と下調べをする。 下調べをするのはいいんですが、徹底的に調べ上げ、そして理論的に「大丈夫だ」と結論づけられない限りはチャレンジしません。

つまり「腰が重い」、「尻が重い」わけです。 チャレンジしないことを他人に咎められれば、チャレンジする価値がないことをご立派な理論でもって論破する。

そして「自分は正しいのだ」ということを理論でもって証明しようと言うわけです。

チャレンジしてみてうまくいかなかったら、またその理由を立派な理論に組み立てて、自分に非が無いように持っていく。

一見するとこういう論が立つ人は強く見えるのかもしれませんが、それは理論上のこと、本当は腰が抜けているからこそ、であることも多いです。

 

さらに最近はいろんな「人生訓」みたいなものが多く出回っています。

そういう言葉や考え方が、その理屈の組み立ての為に用いられることも多いように見受けられます。

占い、スピリチュアル系による未来予想なんかも盛んです。

そういうのを引き合いにして、チャレンジしない理由、頑張らない理由を掲げる人も多いです。

 

本当に勇気のある人っていうのは、うまくいくかどうか分からないけれど、そして不安だけど、チャレンジしてみる人、頑張ってみる人だと思うんです。

決してその不安を「無視できる人」「乗り越えられる人」じゃなくて、「恐い」「不安だ」と言いながらも、震えながらも、進んでいく人のことです。

うまくいかなかった時に色々言い訳をして、自分に非が無いと言い聞かせている人じゃなくて、「これもプラスの意味があるんだよ」なんてうそぶいている人じゃなくて。

素直に落ち込んで凹むことができる人です。

 

確かにそういう時期には確かに腰が抜けてしまっていることでしょう。

でも、いいじゃないですか、腰が抜ける時があったって。

弱い腰でも、立とうとしない限り、力がつくことはありません。 とにかくフラフラでも、立ち上がろうとするときに、人の体にはもの凄いパワーが溢れ出すんです。

そういう人こそ、まるで春に勢いよく伸びる草木のように、体も心も、勢い良く伸びていきます。

その結果、腰が充実し始め、いわゆる「丹田が充実する」という状況につながっていくわけです。

 

 

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