「心」は動かない

近頃テレビでは、有名人が悩み事を告白し、専門家達がそれに答える・・・というような形の番組が流行っているようですね。

ある所では占い師や霊能者が、またある所では『心』の専門家を名乗るセラピストが、相談者の涙を誘うような言葉をかける。
そして相談した有名人はここぞとばかりに涙を流し、共演者や観客達ももらい泣きをする・・・。
水をさすようで恐縮ですが、私はこういう番組が大嫌いなのです。
まぁ、私個人の好き嫌いなんてどうでもいい話ですが、あまり良い事だとは思えないんですよね。
『心』というのは、そう簡単に変わるものではありません。
どんなに感動したって、そう簡単に動くものではないんです。

自分の中に長年かけて根付いた心というのは、地中深くまで根が伸びた樹木のようなもので、どんなに強風が吹いても動かないようになっています。

動くのは、心のごく表面に過ぎません。
樹木でいうなら、葉が風に揺れた程度。

だけど風にあおられた葉が揺れる時には、ザワザワと激しい音を立てるものだから、まるで大きく動いているように見えるものです。

でも実際には、1ミリたりともその根っこは動いていません。
だから風が止めば、また元通り。

『気でつながる心理テクニック』の中で、「心というのはわかりあえない、繋がらない」というようなことを言っていますが、これも同じようなものです。

表面的な心というのは、しょせん頭の中での思い込みのようなものです。
頭の中というのは、理屈によって成り立っている世界です。

そして、本当の意味での『心』と、多くの人が心だと勘違いしている『頭』の世界は、別々の層で出来ています。

それぞれの層は、まるで水と油の層のようなもので、なかなか混ざり合うことがありません。
かき混ぜればごちゃごちゃになりますが、それでも油の粒、水の粒が一時的に混在しているだけで、時間がたてばまた、別々の層にきれいに分かれるようになっています。
理屈・言語を通して、本当の意味での心に入り込むのはとても難しいんです。
たとえ感動的な言葉に、涙がポロポロあふれてきたとしても。

何か大きな出会いがあった時や、新しい気づきがあったような時に、「頭をハンマーで殴られたような衝撃」というような表現がされることがあります。

この表現も、軽々しく用いる人がとても多いようですが、実際にハンマーで頭を殴られたら、どうなるでしょう??

確実に、無事ではいられないですよね。
間違いなく、その場に倒れ込んで、当分は動けなくなるでしょう。

場合によっては、命にもかかわる事態になるでしょう。
いずれにしても、そのまま今まで通りの生活を普通に送れる状態ではないでしょう。
別に屁理屈を言いたいわけではないんです。
でも、本当に人生を変えるようなことって、それくらいの衝撃がないと無理だと思うんですよ。

今までの価値観が崩れ落ちるくらいの衝撃がないと、今までの人生を変える事なんてできるはずはありません。

だとしたら、そんな出来事に出会った時、それはまさに倒れ込むほどの、当分は普通の生活が遅れなくなるほどの衝撃だと思うんです。

感動して一晩泣いたとか、その程度で変わるものなんて、実は大したことじゃないんですよ。

そう考えてみると、今まで通りの生活が送れなくなるような大きな病気や怪我というのは、まさにハンマーで頭を殴られるようなもの、つまり人生の転機だと思うんです。

多くの病人、怪我人を私もみてきて、本当にその通りだと思います。

そしてその病気や怪我も、たった一晩や二晩で治ってしまったのでは、変化は得られません。
病気・怪我以外の様々なトラブルだって同じだと思います。

それぞれに、じっくり根を掘り起こすようなプロセスを経て、そしてようやく「軌道修正」ができてくるのでしょう。
そうすると、不思議とその病気やトラブルも、解決していくものです。