健康で丈夫な体・心を育てるために

体と心の話

先日、ある人が具合を悪くしていたという話を、人づてに聞きました。

その人の体を私は直接触れたことはありませんから、詳しいことまでは分からないのですが、その人の体型を見るだけでも、明らかに普段から食べ過ぎている、あるいは食べている物がおかしくて、体がむくんでいることが明白です。

 

そして、その影響もあってか、体がいつも捻れています。

捻れがひどい人特有の、癖の強い発言も目立ちます。

 

元々捻れやすい体質ではあるようですが、症状が出ているのが背骨の末端であるということからも、その捻れがかなり長期化し、ピークに達したのでしょう。

だけど本人は、「汚染物質が原因だ」と言っているらしいのです。

 

その人が「汚染物質」と呼ぶものが仮にその場に存在したとすると、他にも大勢の人が触れているはずなんです。

それらの人たちが皆具合がおかしくなっているのなら話は分かりますが、そういうわけでもないらしい。

だけど仮にそういう指摘をされたとしても「自分は体が敏感だから」「排泄能力が強いからだ」などという理由を挙げてくることも容易に予想できます。

むしろ、「大丈夫だ、何ともない」といっている人のことを「呑気だ」と批判したりもする。

 

だからこういう話になると少々ややこしくて、正直、こういう話題には触れたくないんですが・・・

ただ、どうしても気になるのは、そういう姿勢というか、発想の問題なんです。

 

少々厳しい意見になるかもしれませんが、真っ先に汚染物質のせいにする前に、まず謙虚に自分自身のその体、その日常生活を顧みて、改善すべき点はないかと、反省すべきなんじゃないかと、私は思うんですよ。

だけどそんなことは考えることもなく、いきなり「汚染物質」という考えに直結してしまう・・・

 

それは何故かというとやはり、自分を顧みるのが嫌だからなんでしょう。

自分を顧みる、そして自分の身に責任を負うという発想が、その人の中にないからなんだと思うんですよ、はっきり言って。

 

自分を顧みない人というのは、とにかく自分以外の、自分の外側にあるものに責任を追及する癖がついてきます。

そういう人にとって、現代社会というのは実に都合がいいもののようで、責任をなすり付けられるものがいくらでもあります。

それに、その責任追及、抗議をサポートしてくれるようなエキスパートもたくさんいる。

いざとなれば訴えればいい。

 

さらに、目に見えないもののせいにすれば反論もされづらいし、しまいには「邪気」とか「霊」とか…そういう科学的に立証できないものはもっと都合がいい。

で、そういう癖が育ってくると、自分にとって都合が悪いもの(つまりそれは、責任をなすりつけることができるもの)に対して、もの凄く過敏になってくるわけです。

あれが悪い、これが危ない・・・と、たくさん見つけてきます。

そして、悪い情報ばかりを信用するようになります。

やがて、ちょっと空気の汚れを感じただけで、「頭が痛い」と騒ぎ出したり、添加物の入った食べ物を食べただけで「気分が悪い」と言い出したりする。

 

はっきり言ってそれは、感覚が敏感だとか、排泄力が盛んだとかいう問題じゃないと思うんですよ。

むしろ、少しぐらい体に悪い環境であったとしても、倒れずにいられるのが強い身体でしょう。

 

そういう心の過敏状態は、体にまで影響を現してしまうことは多々あります。

思い込みは、体にまではっきりと変化を与えるのです。

ただのジュースを「特効薬だ」と思い込ませて飲ませたら、病気が治ってしまった…なんていう話を聞いたことがある人も多いと思います。

その逆に、大丈夫なものを毒だと思い込めば、簡単に具合が悪くなりもします。

 

ともかく、健康で丈夫な体・心を育てるために一番大事なことは、「自分の心身に責任を持つこと」だと思うんです。

周りのせいにしないこと。

 

願望や目標を達成するために大事なことも、全く同じだと思います。

たとえば仕事だってそうでしょう、自分の仕事に責任を持ってやる人は、その能力も伸びていくものですよね。

責任を持たされてこそ、やりがいを感じて活き活き働き、その結果、仕事力が育ってくるはずです。

逆に、失敗したらすぐ上司のせい、顧客のせい・・・なんていう人間が、いい仕事をできる人間に育つはずがありません。

 

体だって、同じです。

うまくいかなくなったら誰かのせい、「環境のせい」、「運が悪かっただけ」…

そんな姿勢で、体が丈夫に、活き活きと働いてくれるはずがないんです。

 

具合が悪くなったら、誰かを責める前に、自らの生活に改める点がないかどうか・・・

無理をし過ぎたり、無茶をしすぎたりしていなかったかどうか、それらをよく顧みて、軌道修正のきっかけにすればいいんです。

決してそれは、恥ずかしいことでも、情けないことでもないと思うんですよ。

むしろ謙虚で、立派な姿勢だと思うんです。

そうやって内側をよく見ていくことによってこそ、本当の解決のための糸口が見えてくるはずです。

 

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