本当にやりたいこと

体と心の話

先日、あるカフェに行ったときのこと。

女性のグループが、そのカフェのオーナーと話をしていました。

そこで行う予定のイベントの打ち合わせのようです。

 

女性達は、やや早口に、そして張りのある大声で話していました。

事務的な打ち合わせは一通り終えた後のようでしたが、イベントの主旨や自分たちの信念みたいなものを熱く語っているところでした。

オーナーは軽く世間話を交えながら、穏やかに受け答えしているのですが、女性達はそのような世間話に応じる様子がありません。

オーナーの話の方向が世間話に向かい出すと、その話を遮るかのようにして、また自分たちのリズムに戻そうとします。

オーナーは終始自然体で対応していましたが、女性達のほうは何とか話の主導権を握ろうと、一生懸命かけひきをしているようにも見えました。

 

打ち合わせも終わり、オーナーがお店の仕事に戻ると、女性達は席についてコーヒーを飲みながら話を始めました。

しかしそこでもまだ勢いは止まらず、自分たちの信念や人生観などに話が広がり、彼女達は熱く語り合っていました。

人の噂話のようなこともしていました。

噂話というよりは、その場にいない人の評価のような話。

「◯◯さんはあまりやる気がないね」とか「□□さんに足りないものは何か」とか・・・。

その声は静かな店内に比較的大きく響き、ちょっと他のお客さんにも迷惑かな・・・というようなレベルです。

 

このように熱くなっている人・・・特にこれから何かを立ち上げようとしている人達はそうなるのも自然ですが、熱くなって周りが見えなくなっている人を見かけることはよくあります。

その一方で、そのような熱い人達に巻き込まれて困っている人もよく見かけます。

そのような人から実際に相談を受けたことも多くあります。

 

「周りの人がみんな熱くなっているのに、自分だけが冷めているようで情けなく感じる」とか。

「まるで自分だけが気力も能力もない人間に思えてくる」とか。

どうしたら「やる気」が出せるのか、どうしたら周りの人のように活き活きと、熱くなれるのか??

・・・そのようなことで、悩んでいる人がいるのです。

 

しかしその答えは決して難しいことではなく、単にその人が、本当にやりたいことをやっていないから、熱くなれないだけなのです。

周りの人を見て、何だか楽しそうだから自分もそのグループに入ってみたけれど、そのこと事態が本当に自分の中からわき起こる「やりたいこと」ではなかった。

だから熱くなれないだけなのです。

 

または、本当にやりたいことだったとしても、その「やり方」にもいろんなスタイルがあるでしょう。

その違いによっては、やる気がどんどん沈んで行くようなこともあります。

場合によっては、そのグループを離れることも必要なのかも知れません。

 

でも、「本当にやりたいこと」であるならば、仮に一人になってもやるだろうし、そのグループを離れたからといって、やる気そのものが消えて行くわけではないはずです。

もし消えてしまうなら、それほどやりたいことではなかった、ということでしょう。

 

 

しかし実は、その熱い人達のほうも、本当にやりたいことをやっているとは限らないのです。

特に妙にギラギラしていて、周りのことさえ見えなくなっていたり、熱くない人のことを許せなくなっていたりして、調和を乱すような状態にまでなっている人の場合・・・別の理由で熱くなっている可能性も高いんです。

 

それは、特に誰かに対する意地、プライドのようなものが原動力となっているからです。

たとえば親を見返してやりたいとか、自分を過小評価した元上司をギャフンと言わせたいとか、別れた妻や夫に負けたくないとか・・・

まぁ色々な理由があるかとは思いますが、純粋に自分がやりたいことというよりも、誰かに対する反抗心が熱さの原動力になっている場合です。

もちろん、こういったことも仕事や活動のモチベーションに繋がることは事実ですが、こういうものによって突き動かされている人は、ほぼ間違いなく無理な力が心身に加わっているのです。

だから本人は好きなことをやっているつもりでいても、肩に力が入り過ぎて、歯を食いしばりすぎて、緊張が抜けないままでいるのです。

そしてとても疲れています。

 

だけど厄介なのは、疲れを自覚している人は案外少ないという点です。

いつも力が入り過ぎていて、そのことにすら気づけていないのです。

だから極限まで疲れを溜め過ぎていて、最終的に体や心が病んでしまうことになる。

そうなって初めて、自分がいかに無理をしすぎていたのかに気づく、というようなことも多いのです。

 

 

本当にやりたいことをやる、ということは、必ずワクワクするような、楽しくて幸せな気持ちが湧いてくるものです。

熱いのは熱いのだけど、どこか穏やかさがある、余裕があります。

楽しいからです。

他人が熱くなっていようが、冷めていようが、さほど気にならない。

自分が楽しくやっているだけだから、他人のことなど気に留めないのです。

他人と自分を比較することもない。

 

逆に、誰かと張り合うように、意地でもって熱くなっているような人は、熱くない人が近くにいると、自分にもうつってしまいそうで恐いのです。

だから冷めている人を非難したり、自分の熱さを邪魔するような人を嫌ったりするんです。

そして「負けちゃいけない」という焦りがあるから、いつもピリピリしています。

 

 

「天職」とか「ライフワーク」を見つけるというような考え方、自分がやりたいことで独立/起業するというような風潮も最近多く見られるようになっています。

しかしその中には、まるで意地やプライドを煽るような方向のものも多いような気がして、こういうことを書いてみました。

もし、「やりたいことをやっているのだけど、なぜかやる気が出ない」とか、逆に「やる気はあって頑張っているんだけど、妙に疲れる」というような人がいたら、このような視点で自分のことを振り返ってみることもいいのではないでしょうか?

 

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