愚痴と問題解決と潜在意識の習慣

cfc94ff900491458b8f5041739893e73_s

人の愚痴を聞くのは、とても嫌なものです。

だけど時々、あまり嫌な気分にならない愚痴というものもあります。

 

一体何が違うのでしょう?

色んな人を観察してきて、そして私自身の経験も含めて、分析してみたいと思います。

 

嫌な気分にならない愚痴というのは、『頑張っている人』の愚痴です。

苦しいことがあったり、なかなか物事がうまくいかなかったり、それで思わず愚痴や弱音を言いたくなってしまうんだけど、でも、ちゃんとその苦しさと向き合って、物事がうまくいかなくても、ちゃんと次の手を考えて、そして行動している人。

そういう人は、愚痴や弱音を吐きながらも、問題を自分のこととして捉えて、何だかんだ言いながらも、ちゃんと自分で処理しようとしています。

たとえ泣きながらでも。

 

だから愚痴や弱音も、ちょっとした「息抜き」「ガス抜き」みたいなもの、聞いていてもさほど気にならないんですね。

むしろ、頑張っている証のようなものにも聞こえます。

頑張ってエンジンを回し続けているからこそ、出て来た排気ガスみたいなものです。

 

 

だけど、頑張らない人の愚痴は、他人を攻撃する毒ガスのような威力を持っています。

苦しみやうまくいかない物事を、自分の問題として捉えたくないからです。

だから他人を攻撃するかのような愚痴の言い方をします。

言葉もどこか刺々しい。

そうすることで、自分が「苦労人である」「被害者である」ということをアピールするのに必死です。

 

頑張っている人の愚痴には、「ふ〜ん、そうなんだ…」と聞き流しているだけでも、喜んでもらえます。

それは本人の「ガス抜き」だからです。

勝手に吐き出しているだけで済むからです。

 

何のアドバイスも、慰めも言っていないのに、「聞いてくれてありがとう。おかげでスッキリした。」なんて、自分から言ってくれます。

「頑張ってね」と言えば、「ありがとう、頑張ります!」と感謝してくれます。

 

だけど頑張らない人は、それでは済まされません。

「ふ〜ん…」などと言っていると、「ちょっと、ちゃんと聞いているの!?」と、不機嫌になってきます。

そして愚痴の合間合間に、「どう思う?」とか、「ひどいでしょ?」とか、「どうすればいい?」とか、意見を求めてくるのです。

 

だけど、それに対して「頑張ってね」なんて言われれば、「頑張れって、何を頑張ればいいんだよ!」「もう充分、頑張っているよ!」などという、お決まりの台詞が返ってきます。

 

まじめに、的確なアドバイスをしても、なかなか同意はしてくれません。

それは、アドバイスをされて、それで問題が解決してしまうことを、どこかで恐れているからです。

問題が解決し、愚痴を言えなくなってしまえば、自分が被害者の立場を取れなくなってしまうからです。

今後、問題を自分で解決しなければならなくなってしまうからです。

解決するためには努力をしなければいけなくなるからです。

 

愚痴を言うことが癖になっている人にとって、これはとても恐いことです。

愚痴を言うことで、今までずっと自分を守って来たのですから。

問題に向き合う力を鍛えてこなかったからです。

 

鍛えるためには、まずその愚痴を、ぐっと堪えてみるしかないと思うんです。

そうすると、ストレスがかかります。

「ストレスで、病気になっちゃうじゃないか!」というのも、頑張らない人からよく聞かれる台詞ですが、ストレスのない生活は、人間の心身をことごとく堕落させるものです。