健康の知識と勘

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健康に関する数々の情報がテレビでも、雑誌やインターネットでも簡単に得られる今、見方によっては大変便利な世の中です。

しかしその一方で、情報に振りまわされてしまっている人が多くなっているという面もあります。

 

特に近頃の情報はとても細かい部分まで触れられていて、中には日常生活の全てがまるでマニュアル化されているかのような、そんな厳しい生活を送っている人もいます。

本人はそれで健康的な生活を得られると信じて、納得してやっているのですから、満足感があるかもしれません。

その満足感や信じ込む力が暗示となって、本当に重い病気が治ってしまうということもあるでしょう。

しかし周囲の人にとっては迷惑な話で、健康管理のつもりで無理矢理勧めた生活スタイルが負担となり、逆に体を悪くしたり、心を萎縮させてしまっている、そんな例も何度か見てきました。

 

もちろん親切心から行っていることですし、決して責められるようなことではないのかもしれませんが、その背景には”マニュアルばかり見ていて、相手の体や心が見えていない“という勘の鈍さがあるのではないでしょうか。

そしてその前に、自分の体や心も見えていないのです。

見えていないというよりも、見ようとしていない、自分の体の声を聞こうとしていない…厳しい言い方ですが、何が正しいのか、自分や他者の体に何が必要なのかという事を、体の外に求めているからそのようなズレが生じてくるのです。

 

最もマニュアルに囚われやすいのは、食事についてでしょう。

例えば朝食について。

とにかく最近は朝食をしっかり摂るべきだ、ということが言われています。

医療機関でも、学校や職場でも、自治体を挙げて朝食推進運動を行っているところもありますが、どうしても朝は食べたくないという人は多いのです。

その理由は簡単で、体が求めていないからなのです。

それでも無理矢理詰め込むように食べるという人もいるのですが、そのように食べた物は体にちゃんと吸収されるはずもなく、逆に体が重くなるばかりでしょう。

 

もちろん、食べたい人は食べればいいのです。

栄養が必要な時には、ちゃんと体が欲しがってくれます。

「食欲」として、サインを出してくれるようになっています。

しかも、サインが出たからといってすぐに食べないと倒れてしまうわけではなく、ある程度余裕をもって出してくれています。

 

 

食に限らず、生活のあらゆる場面において、私達はもっと自分の体が何を求めているか、何を不要としているか、いつ必要としているか・・・といったところに意識を向けてみるべきではないでしょうか。

そうした勘は、生まれながらにして持っているはずです。

その勘のあやふやさを補うために様々な健康法、知識や技術というものが生まれてきたのでしょうが、いつの間にかその知識や技術に振り回されてしまってはいないでしょうか?

自然な健康法というのは、その勘を育てていく効果もあるのです。