センターに立つ

「どこに出しても恥ずかしくない子に育てたい」なんていう言い方を、昔の人はよく言っていました。
また、「人に迷惑をかけない大人になってほしい」とも。

私も、母親によく言われていました。
「とにかく人に迷惑をかけるようなことはするな」と。
その言葉の意味だけをとらえれば、それはとても正しい考え方なのでしょう。

だけど私にはいつもそれが、
「恥ずかしいことはしないで」というような意味合いに聞こえていたし、「人と違ったことをするな」というようなニュアンスに聞こえていました。
「できるだけ、他の人と同じようにしていなさい」と。

言葉には、必ず裏の意味が生じます。
その言葉自体にというよりは、言葉を使う時に、裏の意味が発生する場合が多くあるんです。

それは「暗示」として、特に子どもの敏感な心には染み込んでいきます。
「恥ずかしくない子に育てたい」という言葉は、場合によっては「この子は放っておくと恥ずかしい子になる」という暗示になってしまいます。

「人に迷惑をかけるな」という言葉は、「お前は迷惑なことをするようなやつだ」という暗示にもなりかねません。
場合によっては「お前はそもそも迷惑なんだ」という、存在そのものを否定するような暗示にさえなってしまいます。

そもそも、生まれた時から迷惑だったり、恥ずかしかったりする子などいないはずでしょう?

悲しいことに、世の中には親に望まれず、祝福されずに生まれた子もいるのは確かです。

でもそれは親の都合で勝手に迷惑扱いされているだけで、決してその子自身が迷惑な存在だったり、恥ずかしい存在だったりするわけではありません。絶対に。

「迷惑」とか「恥ずかしい」などという観念は、親の頭の中にあるだけなんです。
「迷惑な子、恥ずかしい子になってしまわないだろうか?」という、親の勝手な心配、空想があるだけなのです。

そして、その空想が、「迷惑をかける子」「恥ずかしいことをする子」を育ててしまうのです。

それは、大舞台で「緊張してしまわないように」と心配している人が必ず緊張してしまうのと同じです。

自分の空想が、その状況を作ってしまっているんです。

一方で「楽しもう!」「素晴らしい舞台にしよう!」と集中する人は、緊張することも忘れて舞台に打ち込めます。

ともかく生まれた時から「恥ずかしい」「迷惑だ」などという暗示とともに育ってきた人が、自分に自信を持てるはずなどありません。

もちろん本人が「私は恥ずかしい」「私は迷惑だ」などと自覚しているわけではありません。
自分でも気づかない、無意識のうちに、そのような価値観が根付いてしまい、発動してしまっている場合のほうが多いです。

だからつらいのです。

意識の上では、何か自分の目標を実現させようとか、自分の好きなことをしよう・・・と頑張ってみるのに、自分自身の内側に「そんなことは恥ずかしい」「そんなことは迷惑だ」と足を引っ張っているものがあるのです。

見えないおもりを足に結びつけて、飛び上がろうとしているようなものです。

頑張っても頑張っても、いつも自分から失敗の道へと進んでしまう。
他の人は同じような目標を持ち、同じようなやりかたで成功しているのに、何故か自分はダメになるような方向に進んでしまう・・・。

 
ところで、テレビに出てくるアイドルの人達というのは、おそらく、自分が注目されることに快感を感じる人達ですよね。

自分が恥ずかしい、迷惑だなんて思っていてはできない仕事です。

中には「総選挙」やじゃんけん大会を開いて、「センター」のポジションを取り合うグループなんかもありますが・・・。
ただ、自分の無意識の中に「恥ずかしい」「迷惑だ」という価値観がこびりついている人が、何かの拍子に「センター」的な立場に立つことになってしまう場合もあるわけです。
しかし複雑なのは、本人の「意識の上」では、「私もセンターに立ちたい」と思っているということです。

だからそのセンターに選ばれることを喜びはするのですが、しかしだんだん、無意識の中の「恥ずかしい」「迷惑だ」という価値観が、より強くその足を引っ張ろうとするわけです。

そしてやがて、「誤作動」を起こし始めます。

注目を浴びる度におかしな言動をしてしまったり、人気が出てくると同時に不祥事を起こしてしまったり、あるいは体や心に重い病気をわずらってしまったり・・・。

「一発屋」で終わる芸人さんなんかにも、そんな傾向のある人が多いような気がします。

どうしても、輝き続けられないのです。

「無意識」に刻み込まれた暗示は、それだけの力があるのです。

医学的に原因が分からない病気だとか、0.1%の確率でも起こらないようなトラブルを引き起こすことなど、無意識・潜在意識にとってみれば朝飯前です。

まぁ、誰でもが大勢の人の中でセンターに立てるものでもないし、センターだけがいいわけでもないでしょう。
どんな場面にだって、脇役や裏方が必要ですし。

でも、誰もが自分の人生においては、センターでなければなりません。
自分が中心に立ち、自分で方向性を決め、自分で操縦をして歩いて行かなければなりません。
本当は、生まれつき、誰にでもその力が備え付けられているんじゃないかと私は思うんです。

要はそれが邪魔されないで育つかどうか、そしてその使い方をうまく誘導してあげられるかどうか。

それにはまず、家の中でその子が「センター」になるという経験が絶対に必要なんだろうと思うのです。
家族全体が、その子を中心に回っている、という経験です。
後回しにされることなく。

その経験は、どんな言葉よりも、「あなたはそのままで、かけがえのない存在なんだよ」という暗示になるはずです。

※補足

誤解されている方も多いかと思うのですが、「暗示」というのは、「積極的な言葉を繰り返す」というアファーメーションとか、成功イメージを繰り返すイメージトレーニングのことではありません。
(「迷惑をかけるな」の例のように、やり方次第ではそれらは逆効果にもなります。)
そのような意図的なことをせずに、潜在意識に影響を与えるもののことです。

興味のある方は、当塾の願望実現法講座(CD)を参考にして下さい。
ここで話していることは、コツコツと自分の潜在意識を変えていく「自己暗示」の方法であり、特に第2弾では「暗示」の意味について直接的に解説しています。