心と体と言葉

言葉と潜在意識

人の体には、心の様子が素直に表れている、といつもお話していますが、その『心』というのは複雑な多重構造になっています。

簡単な例では、自分では「ダイエットしよう!」と心に決めたつもりでも、やっぱりたくさん食べたいと思う心もある、「太るのが恐いから食べたくない」という思いと、その正反対の「食べたい」という思いが同居しているわけです。

特にダイエットの場合は複雑で難しいのですが、それが成功するか否かは、どちらの思いが強いかによるわけです。

強い、というよりは、どちらの思いが心の中心軸に近いか…というのが正しい表現かもしれません。

 

体に表れるのは、その中心軸に近いほうの心の様子です。

つまり「本心」です。

しかしその本心に、自分自身が気付いていないことも多く、むしろ気付いている人のほうが少ないのではないかと思います。

 

「体に表れる」ということは、姿勢、仕種や動作にも表れるということです。

だから見る目を養えば、相手の嘘を見抜くこともできます。

『嘘』とまでいかなくても、相手の発言が心からそう思ってのことかどうかは、何となく見ていれば判りますよね。

どんなに立派な事を言っていても、目が泳いでいたり、唇が震えていたりすれば、それは本音とは思えません。

どんなにポジティブな発言をしていても、表情が暗かったり、声に張りがなければ、それは口先だけで言っているのかもしれません。

 

体や動作に表れるばかりではありません。

言葉にもその本心が表れていることがあります。

普通、言葉というのは一旦頭を通して出てくるものですから、用いる言葉の意味や話の内容そのものから本心を読み取ることは簡単ではありません。

表れるのは、言葉の『端々』とでもいいましょうか、あまり意識の行き届かない部分です。

 

とにかく、本心というのは体に表れてるわけですから、その心のあり方は、健康状態にも、習い事や仕事の目標実現というような面にも大きく影響していることは言うまでもありません。

 

誰でも病気は治したいし、目標を実現したいと思っているはずです。

しかし、どんなに努力してもそれが実現しないのは、「治したい」「実現したい」という思いとは裏腹に、「どうせ治らないんだ」「どうせ実現しないんだ」という思いが強く根付いているから、という場合もあるのです。

もちろん自分では、そんなつもりはない、という人がほとんどでしょう。

しかしつい、そんな思いは、話す言葉の端々に表れているのです。

 「良くなればいいと『思うけど…』」

 「『できたら』○○になりたいなぁ…」

 「『うまくいくのなら』試してもいい『けど』…」

 

あと多いのは、自分の目標が叶わないことを周りの人や環境のせいにしたり、被害者意識の強い発言・・・

このことはまた別の機会にお話したいと思いますが、ともかく、自分自身が何気なく使っている言葉の中に、自分の目標実現の足を引っ張るような表現が含まれていないか、意識を向けてみてはいかがでしょうか。

 

もちろん、口先だけ、言葉だけを変えたところで、本心まで変わる程、簡単なことだとは言いません。

だけど、心を直接変えていくことのほうが難しいはずです。

たとえ遠回りでも、言葉の使い方なら変えていくことができます。

それに、まずは自分の心の現状に向き合うことが、変化への大きな第一歩なのです。