「好きなことを仕事にする」という考え

つい先日、「この仕事は、好きでやっているんですか」と真剣に尋ねられることがありました。

そこで私は「はい、そうですよ」と答えたんですが、同じような質問は、今までに何度も受けたことがあります。

 

おそらくその度に「はい、そうです」と答えてきました。

そしてその度に、うらやましそうなリアクションをされていました。

そこで多分必ずといっていいほど、「好きな仕事と楽な仕事とは違いますよ」というような意味のことを付け加えていたと思うんです。

 

テレビで音楽番組やスポーツ中継、お笑い番組などを見ながら、こういうことを言う人が時々います。

「毎日毎日好きなことばかりやって、それで大金を稼げるんだから、いいご身分だよな・・・」
音楽家やアスリート、芸人さん達(に限りませんが)が、裏で想像を絶する努力をしていることは、普通に考えればわかるはずだと思うんですが・・・?
もしかすると、一生懸命物事を成し遂げるという経験をしていない人には、分からないのかもしれません。

それとも、嫌々ながら仕事をしている人には、そう思えてしまうのかも知れません。

いや、仮に嫌な仕事だったとしても、毎日一生懸命に働いている人だったら、そんなふうには考えられないと思うんですけどね…。
・・・と言いながらも、私の中にも「仕事というのは嫌なもの」という考えが元々あるんです。

仕事とは、嫌々ながらも仕方なくやるものなんだ、と。

その嫌なことを我慢してやるから、お金ををもらえるんだと。

 

幼い頃から、そういう働き方をしている大人を見てきたからでしょうか。
仕事の愚痴を言いながらため息をつく、そんな人達が身の回りに多かったのかもしれません。

仕事は好きなこととは別で、むしろ対極にあるもの。

そういう考えが、意識の上で否定しようとしても、つい顔を出してくる事が今でもあるんです。
そして、お金というもは、その「嫌なこと」をやった結果でもらえたもの。

つまり嫌なこととの取引で得られるものがお金。

だからお金そのものに対しても、嫌なもの、汚れたものというような印象がつきまとってしまうわけです。

私だけでなく、身の回りにも「好きなこと」を仕事にしている人はたくさんいます。

その人達の多くは、好きな仕事を納得のいく形にするまでに、身を削るような努力をしています。

時には頭がおかしくなったり、ストレスで体を壊してまで、その仕事をしていたりする。

好きな仕事だからこそ、納得いくものに仕上げたい。

そこには、仕方なくやっているのとは違う、ごまかしきれない厳しさが存在するものだと思います。
誰のせいにもすることもできない、「生傷」を心身に作りながら、そしてその生傷をエネルギーに換えて続けているんです。
だから私は、『好きなことを仕事にする』というような考え方「だけ」を、安易に勧めるつもりはないんです。

好きなことをやり始めけど壁にぶつかり、「やっぱり本当は好きなことじゃなかった」「私の天職はこれじゃなかった」なんて言い出す人もいる始末。

好きなことだって、何度でも壁にぶちあたる。

でも好きなことだからこそ、その壁から逃げられない・・・天職とかライフワークとかいうものって、そういうものなんだろうと思うんです。