音の裏側

私は昔から、音に対して神経質なところがあります。

雨や風の音とか、機械の音に対してはさほどでもないのですが、人が出す物音に対してはかなり神経質です。

たとえば、皿を洗うときの音とか、食器を置くときの音。

お店に入っても、洗い場から「ガシャン!ガシャン!」という音が聞こえると、あまり気分がよろしくありません。
カウンターのすぐ前でそれをやられたりすると、尚更です。

注文した料理が運ばれてくる時でも、テーブルに置く時の音とか、椅子を動かすときの音とか・・・

そういう音が大きい店は、どうしても好きになれません。

面倒な客ですね(笑)・・・でも、基本的にはみんなそうなんじゃないですかね?

やはり「いい店だな」って思う店は、味とか接客態度だけじゃなくて、自然に「物音」にも表れているように思うんですよ。
混んでいる店だと必然的にいろんな音がしてきますが、それでもいい店っていうのは、何だかうるさくない感じがするんです。

音の大きさっていうのは、「dB(デシベル)」という音圧を示す単位で表されますが、たとえば同じdBの音であっても、うるささが違うものだと思うんですよ。

音楽を聴くときでも、調和の取れた演奏と下手な演奏では、仮に同じdBで鳴っていたとしても聞こえ方が違います。

でも細かいことを言えば、ただ下手だから、音程が狂っているとか、リズムが乱れているからうるさい、と感じるだけじゃないんですよね。
そのうるささの本当の原因っていうのは、違う所にあると思うんです。
本当にうるさいと感じるのは、上手かろうが、下手であろうが、その音を発する人の中にあると思うんです。
たとえば聞き手のことなど全く考えず、下手な音をガンガン鳴らして喜んでいるだけの演奏とか・・・

そういう「気遣いの無さ」が、うるさく感じる音の本当の元なんじゃないかと、私は思うんです。

演奏技術が未熟な人でも、うるさくない音を奏でる人はいますから、それは単に技術の問題じゃないと思うんですよね。

dBで表されるような音圧の問題だけじゃないし、音程の狂いとかテンポの狂いといった数値に表されるものだけでもない。
カウンターの向こうで皿を洗う時の音も、テーブルに食器を置く時の音も、その音の大きさが嫌なだけじゃないんです。

その音を相手がどう感じるか、ビックリさせたり、怒っているのかと思わせたりしないだろうか・・・なんていうことをチラリとも思わない、その無神経さが嫌なんですね。
極端に言えば、それは相手のことを全く気にかけていない、存在を無視していることに近いわけですよね。
やっぱり私が神経質&被害妄想的なだけかもしれないけれど、それでも「音」、それから「声」っていうのは、知らないうちに、音圧とか音程とかじゃなくて、もっとその裏側で、人の心理にかなり大きな影響を与えているものであることは間違いないと思うんですよ。

セラピーなどをやる人にとっては、特に大事ですよね。

あと、赤ちゃんはもの凄く音に敏感です。
それこそ、言葉や音程、音圧の裏側にあるものに敏感なんです。
音に限った話ではありません。

私達整体を行う者は人の体に日々触れることになるわけですが、その触るときの圧力というのも、「何グラム」という数値で量れるものとは別のところで、相手に色々な影響を与えているんです。

その触り方次第で、同じ技術でも効果が全く違ってきます。
詳しくは整体講座の中でそのへんについてお教えしています。