自己分析と本当の自分、本当にやりたいこと

「ほとんどの人が、自分が実際に持っている能力の数%しか活用できていない」というような考え方をよく目にすることがあります。

その数字は実際のところよくわかりませんが、確かに私達は、自分で自分の範囲を狭めていることが非常に多いですね。

「自分はこんな人間だ」とか、「自分にはこの程度で充分だ」とか、決めつけてしまっているものです。

 

しかしその「こんな人間だ」なんていうのが、ほんとに自分のごくごく一部だけを見て思っていることだったりします。

よく用いられるたとえ話で、目の見えない人が象のしっぽを触ったら、「象とは細長い生き物だ」と思い、耳を触ったら「象とは平べったい生き物だと思う」というのがありますが、それに似ていますね。

 

そういう意味で、よく耳にする自己分析というのは、本当にあてになりません。

セラピーの現場でも、クライアントさんがいろいろと自己分析をされて来ることがあるんですが、申し訳ないけれど、それ自体はあまり当てになりません。

ただ、どのような自己分析の仕方をするか、その視点というか、見方の癖というか、そういうところにその人の本質的な部分が垣間見えることはとても多いです。

たとえば、「私は細かいことを気にしない性格なんだ」と自己分析している人でも、実はかなり神経質な人は多いものです。

というのは、「細かいことを気にしない方がいい、気にすると大変なことになってしまうから」と気にしていたりする(笑)

 

「私はあまり人前で自己主張することが好きではないタイプです」なんて言っている人でも、実は自己主張が苦手なことを隠すためにそう言っている場合もあります。

ところが何かの場で意見を求められ、その意見が通ってみんなに褒められたりすると、実はとても気分が良かったりする。

本当は自己主張が大好きで、人に認められることも大好きなんだということに自分で蓋をしているだけだったりもするんですね。

本当は脚光を浴びることが大好きなんだけど、なかなか浴びられずに悲しくて、そんな自分を「自己主張が苦手なんだ」と解釈することによって守っている、と。

 

だから大体の場合、言葉は悪いんですが、自己分析なんていうのは、何かを隠すための壁をつくるために、都合良く自分をねじ曲げて解釈しているものだったりするわけです。

 

で、どのようにその人がねじ曲げているのか、何を隠すためにそのような自己分析をしているのか、という点に着目していくと、その壁のわずかなひび割れが見えてきて、そこからその奥が少しずつ見えてきたりするわけです。

(もちろん、こうして言葉で言う程簡単なプロセスではありませんが。)

 

「自分を変える」とか、「今抱えている問題を解決する」とか、「今まだ達成していないことを達成する」ということは、つまりその「自分はこうだと思っている自分」のままでは為し得ないことなわけです。

自分と思っている自分の外側にその答えが常にあります。

 

今まで自分と思っていた自分は、所詮本当の自分を隠す壁のようなものであり、しかもそれは自分全体の数%程度のところを見た上での判断です。

だから自分には、自分の知らないもっと広い広い世界があり、可能性がある、とそう考えたほうがいいでしょう。

 

ちょっと変なたとえかもしれませんが、よくある円グラフの一番最後のところにちょっとだけ「その他」があったりするでしょう?

あそこが、「自分が自分と思っている範囲」だと思ったほうがいいです。

本当は逆に、それ以外の部分が自分にとっての「その他」なんですね。

それくらい、自分の知らない自分の世界がある、と。

 

よくある「願望実現法」でうまくいかないのも、多くの人が「自分と思っている自分」で願望、目標を設定をしてしまっているからです。

しかし、そうではない設定の仕方をすると、「その他の自分」が徐々に次々顔を出して来ることになります。

これには驚く人、戸惑う人も多いと思うんですが、そういうプロセスを経て、本当の願望というのは叶っていくものなんです。

※詳しくは「願望実現法講座」CDをお聞きください。

 

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