夢のない子どもと、ご飯を食べてくれない子ども

料理を作るときに、キッチンをあまり散らかさずに、上手に片付けをしながら作る人っていますよね。

食べた後の後始末のことを考えて、使用済みの調理器具や、野菜の皮などのゴミを、効率よく片付けながら作る人。

私も自分で料理をする時があるのですが、できるだけそうしたいタイプで、作りながらも、つい後始末のことが気になってしまうこともあります。

 

だけど、これがあまり度を超してしまうと、作って食べること以上に、その後の後始末のことばかりが気になってしまい、気になるというよりは、不安になってしまう人もいるようです。

大量の調理器具や食器を、後で全部片付けなければいけない・・・そんなことを考えていて、段々憂鬱になってしまう人。

 

だからつい、作ることよりも、片付けることのほうに一生懸命になってしまう。

気がついたら、せっかくの料理が冷めてしまっていたり、煮込んでいる間に

洗い物に一生懸命になり、つい煮込みすぎてしまった・・・とか。

 

あまりに先々のことを考えすぎて、その場の料理からだんだん注意が逸れていく・・・結局全然心のこもっていない料理が出来上がってしまう、なんていうことにも繋がってしまいます。

出来上がるのにも余計に時間がかかりますから、家族はお腹を空かせて待っている・・・大人だったらそれくらい分かってあげて、我慢して待ってあげるなり、手伝ってあげればいいんですが、子供だったらそうもいきません。

それに、子供は料理にこもっている母親の気持ちに敏感です。

「忙しい中、せっかく作った料理を子供が食べてくれない!」と怒るお母さんも時々いらっしゃるようですが、食べないのはそういう理由もあるなんですね。

タイミングがズレすぎているせいで、食べる気持ちをなくしてしまったり、「無理矢理作った」感じが食べ物から感じられてしまったり。

 

まぁ、怒るお母さんの気持ちもわかりますし、丁寧に作ろうが、急いで作ろうが、イライラしながら作ろうが、材料と調理方法が同じなら、栄養価も味も変わらないのは確かです。

でも人間って、そういうものだけで生きているわけじゃないですよね・・・。

 

少々話はそれますが、親が「栄養価」とか、「自然食であるか否か」とかにこだわって作った料理も、子供は嫌がる場合があります。

それは、その料理に込められているのが親の一方的な「健康法」へのこだわりであって、その料理を食べる子供に向けられたものではないからです。

 

「子供の将来の健康を願ってのことだ」と反論する方もいらっしゃるかもしれませんが、それも「子供の健康のために私は正しい方法を実践している」という、自分のための気持ちかもしれません。

あるいは、自然食や栄養価にこだわることによって、不安から逃れたいだけなのかも知れないのです。

 

 

さて、話を戻すようでいて、さらに逸らします(笑)

この「先々の後始末を意識しすぎて、料理、食事を楽しめない」という心の傾向は、他の様々なことにも当てはまります。

 

「将来のため」を意識しすぎて、今を犠牲にする・・・たとえば、勉強や習い事などにも、そういう傾向が現れすぎる人がいます。

楽しくもないし、満足感もないことでも「将来必ず役に立つから、今は我慢して一生懸命勉強しなさい」なんて、大人は子供にそう言いますよね。

 

ある程度は、こういった姿勢も必要でしょう。

だけど、あまりに「将来」にばかり焦点を当てすぎると、「今」が見えなくなってしまうのです。

 

今、何を求めているのか。

今、何に苦しんでいるのか。

今、どんな助けを必要としているのか・・・。

 

私達が実際に体で、そして心で最もリアルに感じられることというのは、「今」のことです。

将来のことを空想することはできるけれども、実感として肌で感じることができるのは、やはり「今」です。

そして、それは「生きていることの実感」であり、「自分が存在することの実感」です。

だから、将来のことばかり意識させられて育った子には、その実感がとても薄い子になってしまうのです。

 

そして、「今」自分の中にわき起こった感情や欲求よりも、「将来のため」ばかり優先していると、やがて自分の意思を持てない人間になってしまいかねません。

 

ともかく、子供というのは、基本的に「今」を生きています。

今その瞬間、一瞬一瞬の体験、気持ち、他者との関係…それらを吸収しながら育っています。

だから、どれだけ濃く「今」を感じさせてあげられるかが大事なんだと思うのです。

 

そうしていくうちに、「今」の幅が広がってきて、やがて「将来」にまで気持ちが届くようになるのです。

そして将来を空想し、夢を見て、そこに向かっていくことができる。

 

だけどその能力は、やはり「今」を感じる力が土台にあってこそ、なんです。

それがない空想は、ただの妄想であったり、歪んだ空想に発展したりする。

歪んだ空想による少年達の犯罪が多くなっているのも、そういう背景があってのことじゃないでしょうか。

 

ところが大人は、「将来」のことばかり、中でも将来に対する「不安」ばかりに目を向けるようになりがちです。

そしてそれを、子供達にまで押し付けようとする。

「今」のことばかりに夢中になっている子供達を見て、ヒヤヒヤしている。

「こんな調子で、将来大丈夫なんだろうか?」なんて考えたりする。

「子供には将来を見る目がない、視野が狭い」なんて思っていたりする。

 

だけど、本当に視野が狭いのは大人のほうなんです。

大人が心配する「将来」が実際にやってくる頃には、既に今とは社会情勢も、価値観も全然違う世の中になっていることでしょう。

10年前に準備した備えなど、多くが時代遅れ・見当外れになっていることでしょう。

 

そんな不毛な心配に頭を使うくらいなら、私達大人ももっと視野を広げ、「今」の出来事や感情を、今のままに、ありのままに感じてみてはどうかと思うのです。

「これが将来何に繋がるか」ということではなくて。

 

そして結果的には、実はその「今」の大切さが、将来につながっていることに、後々気づいたりするのです。

 

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