良い所をみつけて伸ばすなら

育児や教育に関して、「悪い所ばかり見るのではなくて、良い所を見つけて、伸ばす」ということを最近よく聞きます。

自分の子どもの頃を振り返ってみると全く逆で、学校の先生というのは「怒るのが仕事の人」というイメージだったし、親やその他の周りの大人に対しても、似たようなイメージを持っていたような気がします。

少々極端であるかもしれませんが、私が子どもだった頃は、「大人に怒られないこと」というのが、大人との付き合い方の命題だったような気さえします。

つまりそれは「自分は悪い子、ダメな子である」ということが大前提となってしまっていたわけす。
そのダメさ加減がばれないように、大人の目を警戒している。

その影響というのは、大人になった今でも残っているものです。

それは自分自身に対してだけではありません。
大人になった今、大人の立場から子ども達を見るときも、「子どもというのはダメなもの」という見方をしてしまうように、刷り込まれてしまっているのです。

結局は自分が子どもだった頃の大人達と同じような大人になってしまっていて、常に我が子が、あるいは近所の子が、悪いことをしないか見張っている・・・なんていうことは、よくある話です。

ところで、この「良い所を見つける」というのは、あまりに意識しすぎるととてもややこしいことになる傾向があるようです。

そもそも現代の多くの人が、悪いところを指摘されて育ってきていますから、悪い所を探すことのほうが得意になっているはずです。

だから、放っておいても悪いところが見つかってしまう。

だけど「良い所を見つけなきゃいけない」と意識し過ぎているせいで、その悪いところが邪魔で邪魔でしょうがない。
見つかることが腹立たしくて、結局イライラしてくる・・・。

この「良い所を見つける」というのは、「良い所『だけ』を見つける」のとは違うと思うんですよね。

悪い所も、良い所も、見つかるものは全部目の前に並べる。
そして、その中から、たとえ僅かであっても、良い所を拾い上げる、というものだと思うんです。

よくある自己啓発ワークショップなんかでもあるでしょう?
自分の得意なこととか、人に褒められたこととか、楽しかったことを一気にノートに書き出す、とか。

だけど別に、苦手なこととか、嫌な思い出とかも、全部書き出していいと思うんですよ。

むしろ、自分が何が苦手で、何が嫌いなのかがよく解ってきて、かえって本当にやりたいことが見えやすくなったりすることもありますよ。

話が矛盾するようですが、そもそも、悪いところがない人なんていないわけですよね。
みんな悪いところをいっぱい持っています。

何もかも完璧にできて、100%の人なんていない。

そんな人は、教科書の中にしかいないわけです。
哲学書とか、宗教の書とか、そういう中に描かれた架空の存在でしかない。
だからそういう本って、ちっとも面白みがない。

それよりも、ちょっとしたダメ人間を描いたストーリーのほうが余程面白くて魅力的だと思うんですよね。

だから本当は、ダメな所があるっていうことこそが、リアルな人生を生きるっていうことなんじゃないか、とさえ思うんですよ。

悪い所がない、いい所しかないなんていうのは、架空の存在みたいなもの、つまらないですよ、そんなの。

こういうことって、肉体の面でも全く同じことが言えるんです。

生きているっていうことは、どこか悪い、っていうことなんです。

骨にも歪みがあって、筋肉にも偏りがあって、血流とか、内蔵の働きとかの内科的なものも、そして精神面でも、何かしらの歪みがある。

だって、生きているっていうことは、それぞれの職業によって偏った体の使い方をするわけだし、日々何かに感情を揺さぶられながら生きているわけだし、生きるってそういうことでしょう?

常に頭の中は真っ白で、完璧な栄養バランスの食事を取り、全身の筋肉を均等に使って生活している、なんていう人がいる筈ありません。

たとえ毎日ヨガで体を整えていようが、サプリで栄養バランスを整えていようが、生きるっていうことはそういうことでしょう?

ましてや、『その人らしく生きる』ってことになると、やっぱり人とは違う、その人らしい体になっていくわけです。

つまりそれは、解剖図なんかで描かれる模範的な体とは違う、『歪み』のある体です。

「体癖」を少しでも勉強したことのある人ならば、その人の個性は、歪みとして表れていることがおわかり頂けるはずです。

真っ直ぐであるということは、個性が消えた状態です。

死んだ人は体の歪みが取れて真っ直ぐになるという話ですが、つまり歪みがなくなるということは、「個」が消え、「生」が消える、ということです。
ちょっと大げさな話になりましたが、時々、自分の体に歪みが少しでもあると、もの凄くガッカリしたような顔をする人がいます。

体のどこかに痛みのある場所を見つけたりすると、「普段しっかり健康に気をつけているのに、何で!」とイライラしだす人もいます。

だけどそれが、生きているっていうことなんじゃないでしょうかね。

歪んでいる、痛みがある=病気、悪いこと・・・そういう発想っていうのは、悪い所ばかりを見つける発想に似ているような気がするんです。

悪い所もある、まぁ許してやる。
それがあってこそ、良い所を本当に見つけてあげられるんじゃないか、とも思います。