痛い整体、痛くない整体

「改革には痛みを伴う」・・・なんて、政治家が都合良く使う言い訳みたいな言い方ですが(笑)、この言葉だけを引用させてもらうと、心身の変化に際しても、痛みが伴うことは多いものです。

当塾の整体を受けたことがある方の中には、「思っていたよりも痛い思いをした」という人も多いでしょう。

近年は「痛みの無い、ソフトな整体」というものも増えていますが、当塾の整体は、痛いこともけっこうあります。

ただ、よくある「ボキボキ」という刺激をすることはありませんし、伸びない筋肉を無理矢理伸ばしたり、関節を無理に曲げたり、叩いたり突いたりということはありません。

 

そういう痛みは、ちょっと質が違うんですね。

当塾の整体を経験された方は、何となく体感としてお分かり頂けるんじゃないかと思います。  

 

当塾が用いる手法には、「調律点」と呼ばれる急所や、背骨の際のポイントなどを、ジワーッと独特のリズムで押さる、というものがあります。

その際に、奥までズキーンと響くような痛みを感じることがあります。

場合によっては、その痛みが(そのままのレベルではないにしても)しばらく残ることもあります。

だけどその残った痛みによって、時間をかけて、今までの体のバランスを変えていく、そういう反応が体の中に起こるわけです。

 

或いは、ほとんど刺激を加えない「手当て(愉気)」をしている時でも、鈍っていた硬直部位や、眠っていた古傷が敏感になってきて、痛みを生じる場合もあります。

これもしばらく残ることもありますが、こうしたものも、表面に浮いてくることによって、やがて外に流されていくわけです。

血液の中に溜まり込んだ老廃物だって、外に出て行く時には発熱や下痢、皮膚病などの症状を通して出て行きます。

 

いずれにしても、悪いもの、余分なものが出て行く時には、一旦その悪いもの、余分なものが浮いて出てきますから、 その際に「痛み」や「不快症状」が出てくるものなんです。

あるいは、体のバランスを変える時というのは、今まで使わなかった所を使い、今まで使いすぎていたところを使わなくなるわけですから、普段に比べると何だか調子が悪いような感覚があるものです。

 

そして、体が大きく変化する時であれば、それらの「痛み」や「不快症状」、そして「不調」も大きくなるものです。

だから、これらは避けられないこともあるんですね。

(ただ、心身と丁寧に向き合っている習慣を持っている人は、それらの痛みの中にある、一点の変化しようとする「勢い」が、「闇の中の一点の光」のように感じられるものなんですが。)

 

そしてこれは、「心」が変わる時といいましょうか、自分自身が大きく変化しよう、成長しようとしている時、願望を実現しようという時などでも、避けられない場合があります。

今よりも大きな自分になるためには、今までの自分が甘んじて来た環境から離れなければならないし、 今までは通用した言い訳が、これからは通用しなくなる。

自由になろうとすればするほど、自分が負う責任も多くなってくるし、今までの人間関係が崩れてくることもあるでしょう。

だけどやっぱり、心も体も、今までと同じのままで「改革」というわけにはいかなくて、今までのものが壊れたり、失ったり、痛んだり、それらを避けていたのでは、本当に変わる事なんてできないと思うんです。

逆に、それらの痛みが起こっている、あるいは様々な問題が気になっているということは、今その痛みや問題の中にこそ、「闇の中の一点の光」のような、変化への兆しが潜んでいるはずなんです。

 

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