一目惚れや好みのタイプと体癖

「人は見かけによらぬもの」とか、「人を見た目で判断してはいけません」とか、昔からよく言われていますよね。

でも人は、やはり他人のことを「見かけ」「見た目」で判断してしまうものですし、結局はそれが本質なんじゃないかな、と私は思うのです。

私は長い間、毎日のようにいろんな人の体を観ているわけですが、体というのは、ある意味では「見かけ」「見た目」です。

背骨やお腹、頭蓋骨の状態…などを、手で触って確認していますから「見た目」とは言えないかもしれませんが、だけど、触れることができるのは、その人の体の「外側」でしかないわけで、結局「外見」に触れているに過ぎないのです。

そしてその「外見」こそ、実は内面の表れであって、それを読み取るのが「整体」の観察力なわけです。

 

逆に、その人の「脳波」とか「血液」とか、体の内部をいくら調べたって、その人が「どんな人なのか?」なんて、わかりっこないですけどね。

 

ついでに言うならば、その人の発する「言葉」をいくら聞いたところで、必ずしもその人の本質が表れているとは限りません。

むしろ逆に、言葉は「気取り」とか「思い込み」とか、親から教え込まれた価値観とか、或いは様々な計算の元に発せられた言葉とか・・・そういうもので、たっぷりと覆われているものです。

 

だけどその会話の「隙間」とでもいいましょうか、声の発し方とか、仕草とか、表情とか、そういったものをよくよく観察していくと、そういう所にこそ、本当の姿が色濃く表れていたりします。

仕草や表情なんていうのも、ある意味「外見」ですよね。

やっぱり人間というのはその「外見」にこそ、本質がにじみ出て来るものなんです。

 

そして実はみんな、その外見から何かを感じ、判断しているものなんです。

その外見から感じられる相手の「雰囲気」を、自分の中の記憶・経験・生まれ持った価値観…で作られたデータベースと照らし合わせて、相手の印象を判断しているんです。

「外見」とか「雰囲気」なんていうと、軽く感じられるかもしれませんけどね。

確実性のない、あやふやなものとして感じるかもしれません。

だけど、相手の年収や経歴がどんなに優れていても、結局その人から感じられる雰囲気がよくなければ好きにはなれません。

逆に、相手のことを全く知らないのに、初対面でその人に惹かれてしまう、なんていうこともありますよね。

まさに「一目惚れ」です。

 

「一目惚れ」って、ある意味では見た目だけで相手を選ぶものなわけですから、軽く感じられるかもしれません。

かわいい女の子ばかり追いかけている軽い男とか、イケメンとしか仲良くならない女とか(笑)

そんなイメージを持ってしまう人もいるかもしれません。

だけど、本当の一目惚れっていうのは、決してそうじゃないんですよね。

よく「稲妻が走った」とか、「目の前に突然まぶしい光が差し込んだ」とか、「会った瞬間に『結婚する』って思った!」とか、「ビビッときた」とか・・・そんな表現をする人がいるじゃないですか。

 

自分の人生のデータベースを分析した結果、最も理想的と思える人に出会った時というのが、まさにそうなんですね。

 

だけど・・・

その一目惚れも、必ずしもうまくいくとは限りません。

そして一時的にうまく言っても、長続きするとは限りません・・・

 

だけど・・・

また時がたてば、別の、同じような人に一目惚れをする・・・

なんていう人もいます。

 

一目惚れじゃなくても、また、恋愛にまで発展しなくても、そういうことって、みんなあるんじゃないでしょうか。

好きになるタレントさんでも、「この人、なんかいいな」と感じる相手って、何か共通項があると思うんです。

 

逆を見ていくと、「この人、どうしても苦手」と感じる相手も、似たような雰囲気を持つ人ばかりだったりします。

 

 

当塾では「心の癖・体の癖」として、整体法の「体癖」に基づき、人の体や心の生まれつきの特徴をタイプ分けして説明しています。
(詳しく知りたい方は、テキスト・CD、または講座DVDでじっくり学んで、そして身近な人たちを観察してみてください)

それで、その好きになる人の共通項、苦手な人の共通項って、だいたいが特定のタイプに当てはまる人なんですよね。

 

たとえば好きになった人は「左右型」とうタイプの人ばかり、逆にいつもウマが合わないのは「上下型」というタイプの人ばかりだった・・・とか。

必ずみんなにあるはずです。

今まで好きになった人、嫌いになった人、それぞれを思い返してみると、それぞれ同じタイプの人だった、とか。

 

で、同じタイプの人って、必ず体型とか、顔とか、動作とか、喋り方とか、そういった「外見」的な所が似ているんです。

それはこの「タイプ分け」が、人体構造の仕組みに基づいているものだからです。

 

だから同じような雰囲気を持つ人を見た瞬間、頭の中でデータベースとの照会が瞬時に行われ、その人に対する「印象」をはじき出すんですね。

そして「この人、何だか素敵だなぁ」とか、「何だか気持ち悪いな、この人」と感じたりするわけです。

 

そうやって「タイプ分け」を通して、自分の人間関係を見てみると、「実は自分の好き嫌いって、とても偏っていたんだな」ということにも気づかされます。

ある特定のタイプの人を「苦手だなぁ」と思い、そして「理解できない」と否定してきた。

特定のタイプの異性だけを苦手と感じているのにすぎないのに、「なんで女っていうのはいつも・・・」「どうして男の人はみんな・・・」なんて思ってしまうこともあるかもしれません。

でも、世の中にはもっといろんなタイプの人がいるということを本当に理解できるようになると、他人に対する見方も、もっと広がると思うんですよね。

 

例えば、自分の夫や妻の「ここが嫌い!」という所とか、息子・娘の理解できない所とか、あるいは自分自身の嫌いな所なんていうのも、もっと違ったものに見えてくるんじゃないかと思うんです。

とにかく人は、実は見れば見る程、「見た目」にいろんなものが表れているものなんです。

その観察眼を磨いていくと、本当に人間って、全身でいろんなことを表現しているんだと思うようになります。

 

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