秘伝と奥義

武術とか療術とか、その他様々な世界で、よく「奥義」とか「秘伝」とかいう言葉を耳にします。

どうも私は今ひとつ、その奥義とか秘伝というのがピンとこないんです。

 

「奥義」とか「秘伝」とか言われると、何だか凄そうな感じはするけれど、本当はそれって、「こっそり隠している秘密の技」っていうのとは、本当は違うんじゃないかと思うんです。

まるで宝探しの宝のような、何か形にあるものとは違って、形にならないものが秘伝とか奥義っていうものなんじゃないか、と。

だから、ある段階に到達した人にだけ教えられる「何か」とか、キャリアを十年以上重ねた人にだけ教えられる「何か」とか・・・

ましてや何十万円以上のお金を払った人にだけ教えられるとか、先着何名だけに教えられるものとか....

決してそんなものではないように思うんです。
奥義っていうのは、本当は「教えようがないもの」なんじゃないかと思うんです。

教える側の人が、どうやって教えていいかわからないもの。

 

例えば、桁外れにピアノが上手い、天才的なピアニストがいたとします。その人に、「どうすれば、あなたみたいに上手く弾けるようになりますか?」なんていう質問をしたって、多分答えられないと思うんです。
まぁそれが、幼い子供がした質問だったとしたら、「一生懸命練習すれば上手になるよぉ」なんて答えられるんでしょうけど。

でも、どうすればその人と同じレベルになれるかなんてのは、よくわからないと思うんです。

その人もただただ、一生懸命に練習をしてきただけだと思うんですよね。
で、その人と同じ練習をしたからと言って、他の人がみんな同じ上手さになるわけでもありません。

 

実際、芸事でもビジネスでも、飛び抜けた才能のある人が、優秀な弟子を育てられないという例は多いですよね。
師匠の名で通ってはいるけれど、師匠との実力の差が甚だしい弟子…なんていう例も多いです。

 

スポーツでも、名選手が名コーチになるわけではない、なんていう話もよく聞きます。

だから結局、奥義だとか秘伝だとかいうものは、自分で時間をかけて掴んでいくものなんじゃないかと思うんですよね。
まさに自分の流儀を作り上げていく作業です。

 

もちろん、それの礎となる技術や知識は重要なわけで、それがなければ話にならないわけですが、その上で、真剣にそのことに向き合っていった結果、知らないうちに身に付いていた技や能力、それこそが秘伝だし奥義なんでしょう。

 

「秘伝」とか「奥義」とかいう表現は、マーケティング的には有効なのかも知れませんし、中には「この技は秘伝じゃ!」「これぞ奥義なり!」とか言ってみたいだけの人、「秘伝を得たぞ!」という満足感に浸りたいだけの人もいるでしょう。

だけど、他人から「はい、どうぞ」なんて渡されるものなんて、秘伝でも何でもないような気がするんです。