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過去のコラム集
幾つになっても…
食事の事で思い出したことがあるので、ちょっと書きます。
食事というのは、とにかくしつこく心の中にこだわりを作るものですね。
生きていく上で欠かせない物だから当然ですが、特に昔は食べ物が豊かじゃなかったから、昔の人は食べられない事に対する恐怖感が強いようです。
現代は、どちらかというと食べ物と健康、美容が結びついたこだわりが強すぎる傾向もあるような気がします。
私の友人の父は、健康の為にインスタント食品や添加物が含まれた物をことごとく制限された結果、親戚の家にインスタントラーメンを買い置きし、時々現れては食べて帰った・・・とか。
子供の頃にお菓子を厳しく禁じられていたが為に、ストレスがたまるとお菓子類を食べ過ぎてしまう人もいます。
思い起こしてみると、私自身もそうでした。
今もその名残があるんですが。
まず、子供の頃は極端な肥満児でした。
とにかく、お腹が空いていなくても食べる。
何でもいいから食べる、口に入る物なら何でも。
後々気づいたんですが、単に口寂しいだけだったんですね。
というのも、私は乳離れが遅かったのです。
物心付いた時には離れていましたが、とにかく苦労したという話を後々聞かされました。
昔は乳離れを早くさせるために、お母さんの乳首にカラシを塗っておいた、という話が時々ありましたが、私の場合がそうで、その他にもいろんな事を試したそうです。
何とか乳離れはしたものの、おしゃぶりをなかなか離さない、離したかと思ったら指をしゃぶる・・・・と。
その後、寝ている間に指にカラシを塗られていたことも。
※ちなみに、こうしたカラシ塗りのような行為は、子供の大人への信頼を失いますので、
乳離れしない子供にお悩みのお母さん、決してやらないようにしましょう!
ついでに言うなら、時間に関係なく、赤ちゃんが欲しがる時にたっぷり新鮮なお乳を
あげること、補食は赤ちゃんの欲しい物に素直に従う事に心掛けると素直に乳離れし
てくれる子になるようです。
指しゃぶりが終わってからは、ひたすら食べました。
特にインスタントラーメン.....
止められれば止められるほど食べたくなったのを覚えています。
しまいには隠れて食べるようにまでなっていました。
それから、地元のラーメンチェーン店によく連れて行って欲しいとねだってました。
殆ど断られましたけど。
見るに見かねた父親が、こっそり連れて行ってくれたラーメン屋のシーンはよく覚えています。
余程嬉しそうに食べていたのか、店員さんが優しい目でこちらを見ていました。
ある程度の年齢になってからは治まりましたけど、大人になってから時々それが顔を出すんです。
特に一人暮らしを始めてから。
体によくない、と思いつつも、どうしても食べたくなります。
それから、ラーメン屋にも(特にそのチェーン店)にはよく行きました。
挙げ句の果てに、バイトもしてた・・・
その後、修行の為に三年近く、半ベジタリアン生活をしていた時期があります。
その時にもどうしてもラーメンを食べられないのが辛くなり、自分で材料を探して食べられるラーメンを作るようになりました。
その生活を止めて最初に行ったのは、やっぱり例のラーメン店・・・
それからしばらく、ハマリました。
伊丹十三監督の作品で「たんぽぽ」ってありますよね。
あれを見たときは随分ショックで・・・
テーマがラーメン屋だった上に、途中でいくつか食にまつわるショートストーリーが挿入されていたでしょ?
あの中の多くのシーンが、自分の過去の体験とオーバーラップしたからです。
特に、自然食で育てられているという子供が、ソフトクリームにむさぼりつく姿は痛々しかった...。
さて、こんな私の食の体験も、乳児期の体験が元になっているわけです。
(元になっているというだけで、これは親の責任でもなければ、覆せない事でもありません。)
満たされていなかった、という事なんですね。
それに気づけた事だけで、もの凄い安心感がありますし、整体をはじめとする体の見方を学んだ事で、食にまつわる恐怖感を払拭することがある程度できたのもありがたいこと。
特に私にとって、“ラーメン=太る”という図式を、家でも学校でも刷り込まれていましたから。
(ラーメンに関しても、どうしても食べたい時に拒まれた経緯があったことがきっかけのようです。)
今となっては、ラーメン好きは相変わらずですが、平気で食べることができます!
自分をラーメン“好き”と思える所がいいでしょ?
以前だったら、麻薬中毒のようにラーメン中毒に怯えつつ食べていましたから。
そうなってからは、不思議と子供の頃のような必要以上のこだわりはなくなりましたね。
ラーメン好きとしてのこだわりはありますけど...楽しく食べています。
「健康」を扱う仕事をしていながら、ラーメンも平気で食べるという事を、何度か非難されたことがあります。
逆に言えば、私には必要以上のこだわりが無くなった、とも言えるわけですし、そうしたこだわりの為に、必要ない飢餓感を感じてしまうことも又恐いと思うのです。
というわけで、近所のスーパーでサッポロ一番を買っている私の姿を見かけても、決して非難せぬように...
そして某有名ラーメンチェーン店で私をみかけても、優しい目で見るように...。
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