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過去のコラム集

病院にて


久しぶりに病院に行って来ました。

見舞いのためです。ちょっとだけ整体もさせて頂きましたが。

個人指導を受けている人が、入院するのは正直切ない思いもあります。

でもそれは、本人の決断と事情があっての事、私がどこまでも口を挟むことはできません。

私の技術を含めた力量・裁量が足りないせいだというのも分かっています。

ただ・・・

病室で聞く話は、いいものではありませんでした。

検査を繰り返し、○○に発展する可能性もないとは言えない…○○の後遺症は残らないとは言えない…○○の検査もしておかないといけない…他にも異常がないか調べておかなければいけない…

そんな言葉に、本人自身が気力を無くしているようでした。


病院の中では大事な事なのかもしれませんが、その全てが、新たな不安として本人の中に根強く植え付けられてしまっている事...。

望みを持つことが否定されているかのようにさえ感じます。

体には、余計な問題を排泄しようという力が残っていただけに、残念で仕方ありません。

もちろん、まだ残っているので、私は全く望みを捨てていません。

その望みを、どれだけ本人に分け与えられるか、が勝負です。

 

数日前、ある人がこう仰っていました。

「私が死ぬ時は、誰もいない所で一人で倒れたい。
 息絶えた翌日位に、家族に発見されたい。
 無理矢理病院に運ばれて植物人間にされたくない」
と。

 

その方のお母さんが大した方で、くも膜下出血で倒れた時には、
「こんな所で薬漬けにされていては、病人になってしまうから迎えに来て!」
と、自ら退院したそうです。

その後も自分の世話は全て自分で行い、人の世話までやいていたそうです。
亡くなった日も、台所には夕食用の煮物がしっかり作ってあったとか。

 

私達は出来ないことに意識を向け、辛い事に意識を向けてしまいがちですが、そのせいで出来ること・大丈夫なこと・元気な所、そして望むことまで見失ってしまうのはとても悲しいことだと思うのです。

望むことがあって、初めてそこに向かって歩き出すものです。

気力がなければ、体は動かなくなるばかりです。
希望を持ち、自分の力を信じることさえ認められない、そんな世の中になってしまっては悲しすぎると思うのです・・・。

 


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