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過去のコラム集
存在の大きさ
重い話で恐縮なんですが・・・先週、私の義父が亡くなりました。
3か月ほど前から入院しており、意識も無い状態が続いていたのですが、その日の朝、容態が良くないとの電話がありました。
ただ、別に今すぐどうこうと言う訳では無いとの事で、
「無理に来なくていいよ」
と言われたのですが、何故だかどうしても行かなくてはならない気持ちが収まりませんでした。
なんとか午後一番で病院に向かうと、その間に容態がさらに悪化したらしく、あと数日もつかもたないか、という状態でした。
やがて、今日の所は一旦家に帰るように促されるのですが、どうしてももう少し居たい気持ちがあり、残ることにしました。
その後どんどん脈拍は少なくなり、遠方から娘・孫が到着するとほぼ同時に亡くなりました。
この3ヶ月間、義父の事が頭から離れませんでした。
実は、義父は事故が原因で30年近く寝たきり、しかも養護施設で生活をしていたので、会う機会は少なかったんです。
そんな状態だから、会ってもお互い遠慮がちで・・・
いつか、腹を割って話せるといいなぁ、と思っていたんですが、義父は自分の体の状況のせいで、常に相当遠慮をしているようでした。
この先も、言いたいことをズケズケと言い会えるようにはならないことは私も覚悟していたんですが。
ただ、意識を無くし、言葉を無くした3ヶ月間、義父を本当に身近な存在として感じました。
今までの少ない言葉、他の家族を通して聞いた義父の思いなどがどんどん意味深く感じられてきました。
そして言葉こそ交わせなかったものの、最後の一日と旅立ちの時を共に過ごさせてくれたことを嬉しく思います。
人の繋がりって、本当に深いですね。
言葉や形を越えた、深い繋がりがあるものですね。
そして一人一人の存在が、とても大きなものだと思います。
地位や財産、権力などでは決して計れるものではありません。
盆と正月の数日しか居なかった実家にも、ポカンと大きな穴が空いているようでした。
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