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こんな生活が3ヶ月程続きました。 当時の私にとっては先の見えない長すぎる日々でした。 今になってみればたった3ヶ月と言えるかも知れませんが。
3ヶ月経って、そんな生活にようやく変化が現れ始めました。 親も、教師も、そして勿論私もさんざん疲れ果てたせいでしょう。
親や教師は私の登校拒否が一時的な物として捉えていたのでしょう。 或いは、せめて一時的なものであって欲しい、と願っていたのでしょう。 しかし、一向に変化の兆しを見せない私に、そして益々深まる溝に焦りと疲れを覚えたのでしょう。 「あきらめ」といった方が正しいかも知れません。
親と担任が相談した結果、私に一旦休学することを提案してきました。 とりあえず一年が終わるまで休学し、春の時点で学校へ行こうという思いがあれば復学する、という提案です。 親や担任としては、3ヶ月間の私の様子を見ていて、きっと退学をしたらすぐ後悔するだろう、と感じていたようです。 早い話が、学校を辞めても何もできないだろう・・・と。 春には「学校にいく方がいい」と泣きつくだろう、と思っていたようなんです。
当然私はそんなつもりは全然ありませんでした。 休学なんていう回りくどい方法が気にくわなかったし、春になったらまた復学させるように親と担任が手を組んで策を講じるのではないか?という懸念もありました。
そして「全然分かってないな」と思ったものです。
万が一復学したとしても、当然留年です。 高校生にとって、留年というのはとても辛いことです。 言葉は悪いけれど、屈辱的です。 そんな辛い思いをしてまで、復学するつもりなどあるわけないだろう!と。
しかし、すぐ退学したいという私の意思もなかなか通らず、そのやりとりにさえ疲れ果ててしまったのです。 結局、春まで休学という提案をしぶしぶ受け入れたのでした。
休学した翌日にはアルバイトを見つけ、すぐに働き始めました。 一日前まで不登校をしていた少年とは思えないほど、積極的な行動でしょ?? しぶしぶの休学ながらも、学校に行かなくて良いという環境が、私をそうさせたのです。 それほど、今までの生活が嫌だったのです。 そしてそこから解放されて過ごす日々は、少しずつ私の気持ちを明るくしました。
でも、本当に嬉しかったのは学校に行かなくて良い事ではなかったように今は思うんです。 この苦しい毎日が、とりあえず一時的にでも終わったこと、これが何よりも私の息を深くしました。 あとは、休学の期限である春には、元気で伸び伸びやっている姿を親や担任に見せてやる!・・・そんな妙な目標が出来ました。 やっぱり、無理に学校に行かせない事が正解だったんだ・・・ 大人たちの心配より、自分の選択の方が正しかった・・・ そう思わせたかったんです。 何だか仕返しみたいですけどね。
でも、その時は本当にそう思っていました。
そして春には、目標通り、正式に退学することができました。
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