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もう一つ悲しかった母親の言葉があります。
「お前を甘やかすような育て方をしてしまったのかもしれない。 そんな母さんを恨んでいるか? それでも構わないから、本当にお前のことを心配していることだけは分かって欲しい・・・」
この言葉が悲しかったのには、色々な理由があります。
まず、自分が「甘えている」と言われてしまったこと。 「甘やかすような育て方をした」なんて親に言われてしまうのは辛いですね。 それまでの15年間の私の生い立ちを否定されたかのようなものですから。
その頃、担任の教師に、私が3人兄弟の末っ子であることや、祖母が同居していたこと、両親が共働きで、小さい頃には祖母が面倒を見ていたことなどを指摘されたことがありました。(親にその事を聞いたらしいです。) それで、「お前は甘えん坊だったんじゃないのか?」などと直接言われた事があったのです。 本当に悔しかった・・・。
それ以来、私が学校に現れないと、「甘えるんじゃない」とその担任は家まで怒鳴り込んで来るようになったのです。
そんなタイミングで親に言われたものですから、その親の言葉の背後に、担任の存在を直感的に感じた訳です。 担任に、「お宅の息子は甘えん坊だ」といったような意味のことを吹き込まれたな、と。
担任に対しては、「よくもうちの親にそんな事を言って悩ませてくれたな!」という思いも、かなりあったのです。
でも・・・普通、息子に対して言えないでしょ?そんなこと。
「恨んでいるかもしれない、それでも構わない」 ですよ...。
私を傷つける言葉でもありましたが、母親自身、今までの私の育て方について、とことん自分を責めたことでしょう。 良い子だと思っていた息子が急に問題を起こしたこと=全然息子のことを分かっていなかった、という事を認めたようなものです。 これは、とても辛い事だし、勇気のいることだと思うんです。
そしてそんな気持ちを素直にさらけ出してくれた。 自分の親を誉めるようで恐縮なんですが、後々、うちの母親は大したもんだ、と思うようになりました。(笑)
もちろん、親を恨んでいるつもりは全く無かったし、自分が甘えているつもりもなかった。
ただ、私を一方的に責めているのではなく、自分と同じように(悩みのピントがずれているけど)親も真剣に悩んでいること、私のことを思っていたのだという事を、不登校の問題が片づいてから深く感じるようになりました。 |