“何が”という理由が無かったことが、この問題を難しくしました。


「ただ行きたくないだけだ」と言っても、親や教師の理解が得られるはずはありません。

明確な理由がないと、なかなか理解してはもらえないものです。


しかし、理由などないのです。

自分でも分からないことを、答えられるはずがありません。

 

色んな理由を考えて言ってはみましたが、全て的外れでした。
自分でもしっくり来ないし、親や教師も納得できるようなことは言えません。
親や教師は、私が本当の理由を隠しているのでは、という疑いも持っていたようです。

それで、色々と探りを入れてきましたし、色々な対策を講じてきました。
クラス委員の役割が負担なのではないか?とか、友達との間で何かあったのではないか?とか。

私にとっては、それら全てが的外れでした。

だから、親や教師と私との溝はどんどん深まるばかり。

 

「理由をはっきり言うまで、学校を辞めるなどという話を聞くことは出来ない。」

その一点張りでした。

 

明確な理由を求める親・教師と、理由など分からない自分自身。


分厚い壁を感じていました。


そして、私は果てしない孤独感の中で日々を過ごしていました。


「親にも教師にも、絶対に分かってもらえない」・・・そんな絶望感に包まれていたような気がします。

何を話すのも空しかったですね、当時は。

毎日のように色々問いかけてくるのですが、「どうせまた理由を求めるんだろう」という思いが話す前から浮かんでくるのです。

そして実際、明確な理由ばかりを求められるのでした。

 

 

さらに、全ての言葉や行為の背後に、また学校へ通うようにさせよう、という意図を感じ続けていたものです。

理由を求めるのも、説得の材料、対策の材料として求めているだけじゃないのか?
全てが、学校に行かせようとするための材料じゃないのか?

そんな事をはっきりと感じていたのです。

 

 

あの手この手を親も、教師も試していました。

時にはそっとしておいたり、時には強引に車に連れ込まれ、学校まで連れていかれたり。

怒鳴られたり、優しくされたり、叩かれたり、おだてられたり。

 

しかし、全てが空しかったのです。

背後に意図が見えていたからです。

 

 

今思えば、意図があるのは当然でしょうけどね。

息子が不登校の状態にあれば、元気に学校へ行くようになってもらいたいと思うのは親として当然です。

その為に必死になって、対策を考え、色んな人に相談し、毎日真剣に私の問題に向き合っていてくれた。

 

そんな親には、今では本当に感謝しているんです。

学校へ行かせようという意図も、純粋に私の将来を心配する思いによるものでしたし。

 

 

しかし、当時の私と親との間では、完全に思いが行き違っていたのは事実です。

 

親は真剣に私の事を心配してくれていたことは、当時も重々感じていました。

しかし、私の“今”の心の中にある苦しみには目を向けてくれていない、そんな悲しさがあったのです。

 

 

とにかく学校に行きたくない、理由は分からないけれど、学校に行くことがたまらなく苦しい。

その得体の知れない苦しさから、私は解放されたかっただけなのです。

 

 

どうしていいのか分からない、どうしてもらいたいのかも分からない、そんな状態でした。

その苦しみに触れてもらいたかっただけなのかも知れません。

それを分かってもらいたかっただけなのかも知れません。


理由などどうでもよかったし、ましてや将来の事などどうでもいい、先のことは先に回せばいい、という思いでした。

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