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自働運動と気の感応
自働運動をしていると、とても不思議な体験というか、私達人間の持つ本質的な部分を垣間見ることがあります。
まぁ、まだまだ何が本質なのかはよく分かりませんが、それでも知識としては誰にも教えてもらえなかったこと、普段の生活の中では気づけない事に沢山出会うことがある、というのは間違いないでしょう。
自分自身の体の変化という点ではWEB講座のページに書いた通り。
ここでは、自分と自分以外の人との間に起こる不思議な現象について書いてみましょう。
自働運動は基本的に座ったまま体を揺さぶり続けますが、畳の上は滑りますので、だんだんと向きが変わってくることがあります。
時には少しずつ滑って移動していくことも。
これを複数名で行っているときに、何故か皆が同じ方向を向いてしまうことがあるんです。
それから、だんだん同じ様な場所に移動して集まってきたり。
いつの間にか全員が一人の人の方に向いて近づいていった、なんていう事もありました。
当然みんな目を閉じていますから、 どこに誰がいるかは分かりません。
他の人がどのような動きをしているかも分かりません。
なのに、なぜか皆が“同調”してしまっている、ということが不思議と起こるんです。
動きが同じ様な形になっていることも頻繁にあります。
誰かの動きがだんだん大きくなってくると、他の人達もつられて大きく動くようになってくる・・・まるで誰かが指揮しているかのように、動きのリズムまで同調してしまっている事もあります。
普段意識はしないけれど、 人には“気配”を感じる能力があるものです。
自分の後ろは見えないものですが、それでも誰かが後をつけてきたら何故か分かってしまいます。
視線を感じる、なんていうこともありますよね。
後ろからじっと他人の事を見ていると、その人はソワソワしてきます。だんだん後ろを気にするようになるのが分かるでしょう。
私も一時期、町中でそのような実験をし続けたことがありますが、かなりの確率でこちらを気にしたり、振り返ったりしてくるものです。
不審者に間違われかねませんから、あまり真似をしないほうがいいと思いますが・・・。
本能ともいえるこうした感覚を普段遮っている“意識”を鎮めて行うのが自働運動ですから、これらの感覚はとても敏感になってくるのでしょう。
意識が沈静化している分、潜在意識が顔を出してきます。
自働運動の最中に気の合う人に近づいていったり、他者の注意(愉気)や協力を必要としている状態の人がいれば、そこに近づいていくことも考えられます。
逆にエネルギーに満ち溢れているような人がいれば、そこに近づくこともあるでしょう。
自分一人ではわからない問題の解決法が、他者の何気ない一言がきっかけでみつかってしうこともありますが、それと同じように、自分一人では引き出せない体の力を、他の人の影響を受けて発揮させることができた、というような事もあるのです。
賑やかなお祭りの会場に行けば感化されて自分も活発に騒ぎ出してしまうように、自働運動の最中にはその見えない気の交流が盛んになるのでしょう。
盛んになる、というよりは、それを遮っていたものが減るのでしょう。
潜在意識に覆い被さっていた意識が、一時的に休みを取るわけです。
自働運動の時には腕の力も抜いて、自然に動くままにさせておきます。
その手が、いつの間にか他の人の体に触れていることもあります。
私が初めて自働運動の集まりに参加した時の事です。
後ろにいた人(おそらく熟練者だったのでしょう)がいつの間にか私の斜め前あたりに移動し、彼の手が私の右膝をさするように動き続けていました。
その頃は梅雨の時期で、確かに私は梅雨になると膝に違和感を感じることも多かったのです。
自分の体の悪いところには自然に手が行きますが、実は他の人の悪いところにもちゃんと手が行くんです。
自分の体でも感覚が鈍くなっていると手は行きませんが、自働運動をしっかり行っていると感覚は敏感になってきます。やがて隠れていた自分の悪い部分に気づくことになるでしょう。
そしてさらに、私の膝に手を差し伸べてくれた彼のように、人の体の悪いところにもつい手がいくようになってくるものです。
最初から二人組になって手を触れた状態で行う自働運動もありますが、この方法なども熟練していくと的確に相手の体の疲れている部分に手が移動するようになってくるから不思議です。
(こうしたことからも、愉気法の訓練として自働運動はとても重要です。)
自働運動にまつわる“逸話”は数多くありますが、それは実習会の時などにでも直接お話しましょう。
DVD,ビデオでも自働運動の実演がご覧頂けます。特に応用編ではその同調の様子もご覧頂けますので、是非一度。
ともかく、私達は自分の体のこと、健康法のこと、人と人の関係のこと、色々と知っているつもりで、その根本にある本能にあまり気づいていないのだな、と思うんです。
そして気づかないまま、健康法のためにあくせくしているのも何だか妙だな、と感じる次第です。
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